ドン・・ドンドン・・・。
出て来い・・・。
この魔物・・・御代さまに刃向かうもの・・・。
ドン・・ドンドン・・・。
戸が破られそうな音がする。
「ぎゃぁぁ、うぎゃぁぁ」
その大きな音が恐ろしくて果ヶ芽は泣きだしてしまった。
「大丈夫よ・・・。大丈夫だから・・・。」
自分にも言い聞かせるようにしっかりと我が子を抱きしめる。
この騒ぎ・・・。
おそらく、李咲さまは生きてはいない。
小鳥は、お言いつけを守ります。
果ヶ芽を後世に残すために・・・。
貴方が命をかけた世代を繋ぐ縁の子。
ガタン、ガタン、ダダダ・・。
幾人もの足音と共に、戸が倒される音がした。
信徒たちの足音が奥の間に隠れている小鳥を目指している。
血相をかえたた信者たちは鬼人のようだ。
鬼人とは、人が心の迷いからか穢れに身体を蝕まれたもの達。
人の意識は無くなり、そのままでは人型がくずれてしまう。
そのため、人肉を食らって形を保つというが、それでも人の形を保つのは難しい。
いまは、この信徒たちの形相はそれに似ている。
御代のこととなると見境がつかない。
『何ということをした!
御代さまは、李咲に封印されてしまわれた。
我らが希望を・・・・。
しかし、間際に御代さまが言霊をわれら永久楼(トグロ)に送ってくださった。
まだ、希望はあるのだと・・・・。
お前を殺し、その子をこの土地の一族として後世へ残し、
その一族に生まれし女を巫女として差し出すのなら、
封印で弱った御身体を維持できるとおっしゃるのだ。』
信者たちの目は小鳥を取り囲んで血走っている。
今にも食いかかろうとしている。
彼女は言葉のように”可哀想な小鳥”なのだ。
『この子は渡しません・・・命に代えても。』
まだ若い母親は必死だ。
状況が不利でも、意志の強さでは負けたりはしない。
彼らが御代を信じてやまなないように、
自分と我が子は李咲を信じ続けている。
この子父として、私を選んでくれた運命の人として・・・。
『ならば、こうしよう・・・。』
信徒は剣を引き抜き、小鳥の足を目掛けて突き刺す。
躊躇などない。
一気に突き立てるのが、まるで物のように小鳥をみている証。
ズシャリ・・・。
鈍い音が小鳥の全身を駆け巡った。
筋肉を突き通してゆく剣の先端がわれ先へと太ももを貫通してゆく。
それは、鮮やかな紅にそまり光を放っている。
『ううぅ・・・・いやぁがぁぁ・・・。』
金切声をあげても、治まらない悲痛。
それでも、小鳥は母親の務めをはたそうと子供を離そうとはしない。
『この子は、国を変えるために産まれた李先様と私の希望。
決して渡しません。』
状況は最悪ななかでも、その瞳は光を失わず未来を見ている。
『そうか、でも死んでしまうのだから無駄というもの・・・。』
信徒は、剣を引き抜いて確実な場所を狙っている。
確実に奈落へ落とそうとしている。
この世界では、人に殺められた魂も殺めた者も見えない世界へ導いてもらえない。
未練の無く亡くなってゆく者は別だが、殆どのものは未練をのこす。
走馬灯が巡るというが、その記憶の中で人は死を惜しむ。
信徒は自分たちが煉獄へゆくことは何一つ恐れてはいないだろう。
御代のためとおもえば・・・これが免罪符なのだから。
それよりも、御代に刃を向けた二人にどうやって制裁をしようと頭をめぐらせている。
これが、彼らが額を地面へ擦らせて御代から与えられる平穏の代償なのだ。
そして・・・大きく振り上げた剣は首に落ちた。
トサッ........。
勢いよく振り払われたせいか、派手にとんだ血液とはうらはらで
あけなく華奢な首は折られた。
剣が払われた先に、小鳥のみずみずしかった顔が落ちる。
小鳥はその間際でも願っていた。
李咲さま・・・ごめんなさい。
最後まで果ヶ芽の傍にいられそうにない。
きっと煉獄へ連れて行かれる。
貴方にもあえないのね。
この子を守る力がほしい。
もっと、力が・・・・
・・・・ホシイ。
けれど、時間は彼女を待ってはくれない。
死んだ肉体から魂がはがされ、煉獄の扉が近づいてくる。
薄っすら暗い先に赤く揺らぐ煉獄の焔が、彼女の魂をつかもうとしている。
煉獄の扉・・・それは黄泉平坂へ向かう。
死人にしかわからない世界。
ここで、おわりと思うときっと黄泉平坂でさまようのだろう。
『小鳥・・・小鳥・・・』
聞きなれたあの人がよんでいる。
魂になっても、幻をみれるのだろうか。
だとしたら何と幸せな世界にいけるんだろう。
『そっちにまだいってはいけないよ・・・。私の可愛い小鳥・・・。』
まだ私のために囁いていてほしい。
黄泉にはきっと貴方はいないから、名残惜しみたい。
『いってはだめだ!』
・・・・・!?
魂になった私の腕をつかんでる?
虚ろになった心を引き戻した。
『李咲様?』
黒蛇に誘われて消えそうな光をゆらゆらとさせている。
『小鳥・・・私は御代に敗れてしまった。血塊をつくる事が精一杯だった。
御代はおそらく幾人というの巫女を捕食したのだろう。私たちの予想以上に。』
李咲の金色の瞳が揺らめいている。
『すまない・・・小鳥。なんと酷いことに・・・。』
離れた肉体に視線をあてる。
私のちぎれた顔はなんと酷い顔をしているんだろう。
涙や血に穢れてしまっている。
我が子が覚えていないことを願う。
きれいなままの母を覚えていてほしい・・。
きっと幼いからわすれてしまうかもしれない・・・。
『李先様、私こそ果ヶ芽をまもりぬけませんでした。
くやしい・・・・。御代の思うがままなの・・・?
私たちの子供も、未来も・・・。』
気が抜けて我慢していた涙が一斉にあふれる。
母親とはいえ、まだ20歳の娘なのだ。
大勢の大人を相手にしていたのだから、さぞかし心細かったのだろう。
抱きついてきた小鳥の頭をいつものようにポンポンとなでてやる。
子供をあやすように、そっと・・・。
しゃくりあげながらも必死に泣き止もうとしている小鳥がかわいらしかった。
これからの息子のことを考えると泣いてばかりはいられなかった。
御代のこれからの供物になるために果ヶ芽は捧げられる。
私たちのことなど覚えてもいないでしょう・・・。
巫女を排出するために、生殖しこの国を護る血族という大義名分でごまかされて生かされる。
生殺しの永遠。
また御代の用意した運命を人はいきてゆくことになるのだろうか?
それがなによりも悔しくてならない。
我が子の人生も奪われるのだ。
『私の力が及ばなかったばかりに・・。
しかし私は肉体を失った今、見えない神々の元へ帰らねばならない。
成し遂げぬままなのだが、摂理はまげてはいけない。
必ず国に歪みがおきるだろう。』
口惜しそうにはなす李先は、苦い想いを抑えて話す。
『わたしには時間がのこされていない。そこで兆に行く末をたくす。
みえない神に近づいたいま、先が少しだけわかるのだよ。
言葉に言い尽くせない感覚だがね。』
うつむいた枯れた笑顔は、不安に満ちている。
『この先また運命の日がめぐってくる。双子がそれぞれの役目を背負って生まれる。
御代もその好機を逃さないだろう。その一人が巫女にあがることを御代は望む。
小鳥・・・その子を護ってくれまいか?』
もう、見えない国が近づいているのだろうか?
李咲の魂は揺らいで今にも消えそうである。
『私に、どうしてほしいのですか?このまま幽体のままではなにも・・・。』
なにかできるのであれば、果ヶ芽がつむぐ未来を守ってゆけるのならなんでもできる。
それが母というもの・・・。
『兆・・・小鳥を解き放て・・・。』
李咲は、まかせておきなさいと微笑んだ。
『承知。』
おきまりの言葉をつぶやくと、彼女の周りを回り焔で再練成をおこなう。
ゆるやかに舞う炎はやがて散り、麗しい白蛇が姿をあらわした。
『純白か・・・。』
李咲はその清らかさに息を呑んだ。
『李先様・・・私に蛇印に?』
不安はなぜか感じなかったが、人だった自分が解放されて黄泉に行かずに
こうした姿になることが不思議で、それこそ神業としか言いようが無かった。
『不安もあるだろうが・・・。兆とともに血族を・・・』
李咲には時間が来ようとしていた。
揺らめく姿は、もはや消えゆこうとしている。
『た・・・の・・みます・・・よ・・・。』
微笑みながら、白蛇になった小鳥に差し伸べる手があったかい。
『きっと、きっと・・・もう一度、お役目を果たしたらお会いできますよね?』
小鳥は、もう一目でいいから、役目をはたして世をさるとき傍にきてほしかった。
『ああ、きっと迎えに来るよ・・・・。』
李咲の微笑みは残像をのこしてついに失われてしまった。
見えない国へといざなわれて・・・・。
現実は、我が子を天にかざし信徒が歓喜の雄たけびを上げている。
それは、とても滑稽。
なにがうれしいの?
なにがそんなにうれしいの?
人が死んだのに、貢げる魂を見つけたことが歓喜の喜びなら
この人たちは、蛇身(邪心)の塊。
そのなかに、ひとり幻がみえる。
白い髪が私と似ている。
私と果ヶ芽の為に涙をながして怒りにふるえてくれている暖かい娘。
ああ、そうか・・・。
この子が、李咲さまのおっしゃった私たちの子供たちなのね。
私をその腕にやどしているのが証。
『あなた・・・なのね・・・私の主・・・』
私と李咲様の想いをつないで・・・・。
私の主・・・。
この白蛇が貴方が生まれるそのときから傍にいるから。
二人の想いをかき消そすように、信徒たちはまだ雄たけびをあげている。
赤い月がこの国を染め上げているように、
信徒たちも小鳥の体液で染まっている。
これが、蛇の一族のはじまり・・・。
つむがれていく血液の呪いは、幾世代も繰り返される。
運命が尽きるまで・・・。
〜いにしえの戦い(後編)・小鳥と永久楼の民 終〜