遥か、遥か昔のことです。
見えざる神々が国創りをされました。
ニホンという国を二人の神が創造された時代です。
その神とはイザナギとイザナミと呼ばれているこの世界のアダムとイブ・・・・。
そして、長い時間をかけて国創りをされましたが、
神々はとうとう見えない世界へと帰る決心をされました。
そう、これが人の世の訪れです。
しかし、人々は神のいない世界を不安に思いました。
その中で残された民は、神を見つけたのです。
それは、自然に生きる強い生き物たち。
民は自然をこよなく愛するようになりました。
それが自然神信仰の始まりです。
人と自然神がともに歩むようになり、
様々な生き物を神とした国が各地に生まれました。
そのなかの一つに、蛇を信仰する国がありました。
名は蛇国(ダコク)。
蛇は時に、
豊穣神として、雨や雷を呼ぶ天候神として、
また光を照り返す鱗身や閉じることのない目が鏡を連想させることから太陽信仰における原始的な信仰対象ともなるほどの強い力を持つ生き物でした。
そして、世が移ろうなかで蛇の神と人との間に子が生されました。
蛇の血族の始まりです。
血族は蛇の印を身体に刻まれ、
神の言霊を伝え国を導く役割を与えられました。
またその蛇の生命力にあやかって豊穣と天候、無病息災を司り、
雨を降らし、太陽で穀物を育て、人を病から救う力を授けられました。
ある日、その一族の末裔に類い稀な二人の子供が生まれました。
姉弟はそれぞれ刻まれて生まれてくる蛇神の力に見合う名を与えられました。
女の子には「白蛇(はくだ)の波久(ハク)」、
男の子には「黒蛇(だくじゃ)の古都(コト)」と。
第一子にのみ宿ってきた力が、互いに分け与えられて生まれることは事例がなく、一族は不吉とも噂するものもありました。
ましては、女人に蛇神が宿ったということはなかったのです。
それは、大先祖様である御大蛇様(ミダイジャ)が
「子孫繁栄は、男神にこそ宿る」とおきめになられてから、
一度たりとも例外はなかったのです。
それは、ある因縁により一族にうまれし女子は御大蛇様の16歳で巫女になると決められていたからでした。
巫女とは、つまり御大蛇様の霊力となる為の供物なのです。
その定めは、五穀豊穣・子孫繁栄・無病息災を祈る村民にとって生きてゆくため絶対なのです。
その双子の腕には守護神の白蛇と黒蛇が刻まれていました。
いま思えば、それが二人にかけられた呪でもあったのです。
陰と陽は求め合い決して離れることができない。
一つを二つにし分け与えられたのですから。
〜序章 終〜
第一章・ユイケツの者へつづく・・・・
補足;
文化とヘビ
『日本の古語ではヘビのことを、
カガチ、ハハ、あるいはカ(ハ)等と呼んだ。
民俗学者の吉野裕子によれば、これらを語源とする語は多く、
鏡(ヘビの目)、鏡餅(ヘビの身=とぐろを巻いた姿の餅)、
ウワバミ(ヘビの身、大蛇を指す)、案山子(カガシ)、
カガチ(ホオズキの別名、蔓草からヘビを連想)、等があり、
神(「蛇身」)もヘビを元にするという。 (
『蛇―日本の蛇信仰』1979年、法政大学出版局 ISBN 4588203215 / 講談社学術文庫 ISBN 4061593781 )
ヘビは古来、世界的に信仰の対象であった。
各地の原始信仰では、ヘビは大地母神の象徴として多く結びつけられた。山野に棲み、ネズミなどの害獣を獲物とし、
また脱皮を行うヘビは、豊穣と多産と永遠の生命力の象徴でもあった。
また古代から中世にかけては、
尾をくわえたヘビの意匠を西洋など各地の出土品に見ることができ、
「終わりがない」ことの概念を象徴的に表す図象としても用いられていた。
日本においてもヘビは太古から信仰を集めていた。
豊穣神として、雨や雷を呼ぶ天候神として、
また光を照り返す鱗身や閉じることのない目が鏡を連想させることから太陽信仰における原始的な信仰対象ともなった。
もっとも著名な蛇神は、三輪山を神体として大神神社に祀られる、
オオモノヌシであろう。
蛇の姿は、男根、剣、金属(鉄)とも結びつけられ
、伝統的に男性神とされた。』
文を参照させていただきました。
