2017/12/5

五ノ神まいまいず井戸と玉川上水取水堰  調査・旅行・出張

先日、足利市立美術館で「涯テノ詩聲(ハテノウタゴエ )詩人 吉増剛造展」を観ました。
吉増剛造さんは啓明学園、立川高校の先輩に当たり、だからといって特に接点があるわけではないのですが、彼の作品に登場する場所には、自分の幼い頃の記憶も共振します。

今日は、青梅の吉川英治記念館で丸木スマの《カニの図》を返却した帰りに、羽村駅で途中下車して、久しぶりに五ノ神まいまいず井戸へ行きました。

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「まいまいず」とはかたつむりのことで、武蔵野台地特有の砂礫層に掘った井戸へ向かう通路が鮮やかな螺旋を描いていることから、その名で呼ばれます。

地表面の直径約16m、深さ約4.3mの擂鉢状の窪地を降りていくと、直径約5mの底面に、屋根のついた小さな井戸があります。
鎌倉時代に掘られたと推定されるそうですが、保存・管理状態は極めて良好です。

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駅前の片隅に、ぽっかりと現れる異空間。
子どもの頃、週末によく家族でサイクリングをして、この井戸は定番のコースになっていました。小走りに渦巻きながら地の底へ降りていく感覚が、懐かしく思い出されます。

吉増さんの映像作品「gozoCiné」の冒頭に、この五ノ神まいまいず井戸が登場します。
多摩の土地性をよく表し、どこか魔術的な匂いのする古井戸を、吉増さんはお気に入りのようです。

昔のように駆け下りたい衝動に突かれましたが、母の手を引きながら降りていく少年がいたので、遠慮して道を譲りました。

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ちょうど紅葉が見頃で、地の底から空を見上げると、異界的な強度が増していました。

   *   *   *

せっかく羽村駅で途中下車したので、その後は、やはり子どもの頃のサイクリングコースの定番だった玉川上水取水堰にも行ってみました。

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江戸の爆発的な人口増加を支えた上水開削計画。
武蔵野台地は掘削に不向きな砂礫層なので、工事は困難を極めたそうです。

幕府から支給された資金が途中で底をつき、最後は家屋敷を売り払って工事を完成させたという玉川庄右衛門・清右衛門兄弟は“郷土の偉人”として小学校で教わります。
図書室で伝記も読みましたし、取水堰の近くには銅像も立っています。

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二人はその功績で玉川姓を名乗ることを許されたそうですが、経費はちゃんと幕府に請求できたのでしょうか、気になるところです。

工事の総奉行が“知恵伊豆”と呼ばれた川越藩主の松平信綱だったということも、川越に住むようになってから、あらためて知りました。

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ともあれ、玉川上水はここからはじまります。
四谷大木戸まで約43km、すべて露天掘りの上水道です。
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