2017/10/20

立川市柴崎学習館連続講座第2回「1950年代の原爆の図全国巡回展」  講演・発表

立川市柴崎学習館の連続講座第2回「1950年代の原爆の図全国巡回展」。
前回取り上げた1952年8月の立川原爆の図展から、1950年代の占領下/朝鮮戦争下の全国巡回展の全体像へと視界を広げる内容でした。
「原爆の図」がふたつあったという話や、北海道巡回展(第2次)調査の逸話など、この間、私が取り組んできた研究の報告でもあります。

この講座は、平日の午後2時からという時間帯のせいもあって、聞き手はシニア世代が中心なのですが、私が知らない立川の情報などを提供してくださるので、双方向的な講座になっているのがありがたいです。

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講座を終えた帰りに、近くの諏訪神社に寄ってみました。
実は前回も母校を覗いてから帰ったのですが、立川高校には「ブランク」という用語があって、定期的に授業のコマが空いてしまう時間を「定ブラ」、自主的にブランクを過ごすことを「自ブラ」と呼んでいました。鬱蒼とした森の中の神社の記憶は、ぼくにとって「ブランク」という言葉とセットでよみがえます。

野球部の部室は上級生しか使えなかったから、下級生の頃は、読書に集中できる居場所を求めて、諏訪神社へ通っていました。村上春樹の文庫本の記憶までよみがえってきたのは、境内で読みふけっていた(そして、その後はあまり読んでいない)せいでしょう。

立川の街はここ20年くらい歩いてなかったので、少し歩くだけで冷凍保存されていた記憶が溶解します。洪水のように記憶に飲み込まれて、心が高校生に戻っていくのが不思議です。
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