2017/9/22

立川市柴崎学習館連続講座第1回「原爆の図立川展と立川平和懇談会」  講演・発表

今月からはじまった立川市柴崎学習館の連続講座「原爆の図 丸木位里と俊」。
第1回の今日は、「原爆の図立川展と立川平和懇談会」。
これまで、1950年代の全国巡回展についての発表は何度もしているけれども、今回は初めて、その中のひとつの展覧会に焦点を絞って話す、という試みをしてみました。
もっとも、立川は学生時代に通い慣れた地元であり、展覧会についての資料も比較的見つかっているので、2時間の講座くらいは十分に話せる、という目算は立っていました。

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展覧会の中心人物である岸清次氏の回想録『小さなロウソクのように』(けやき出版、1984年)や、展覧会の記録として作られ、西東京市ひばりが丘図書館の「原爆小文庫」に所蔵されている『平和のために 原爆展感想文より』(立川平和懇談会、1952年)を読み、1953年公開の映画『原爆の図』(今井正、青山通春監督、新星映画社)に映っている展覧会の光景を紹介し、最後は展覧会の収益で製作したという神戸映画資料館蔵の幻灯『基地立川』(立川平和懇談会、日本幻灯文化株式会社、1953年)のデジタル画像上演も行いました。

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立川会場ということもあるのですが、当時の「原爆の図」展が、原爆の惨禍を伝えるだけでなく、朝鮮戦争や米軍基地問題を視野に入れていた雰囲気が、よく伝わったのではないかと思います。
また、会場の「南口公会堂」が、現在の柴中会公会堂の前身だと判明したことや、展覧会ポスターを手がけたという画家・佐藤多持の紹介もしました。
佐藤多持の屛風画《水芭蕉曼荼羅 白76》は立川市の所蔵で、女性総合センターアイムの5階に常設されています。

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こんなモダンな日本画を描く画家が、どんなポスターを作ったのか興味深いところですが、残念ながらポスターは見つかっていません。

今回の講座には、当時の展覧会を実際にご覧になった女性が来場され、「とにかくこわかった」という展覧会の印象や、「その後の砂川闘争は、地元農家は土地をめぐる問題だったが、都市部の住民にとっては原水爆基地を作らせないという問題意識が強くあったので、原爆の図展はその原点だと思う」という貴重な証言を聞かせてくださいました。
また、立川市史編纂委員会の副委員長も講座を聞いてくださり、「私たちもまったく知らない歴史を、よくここまで掘り起こしたものだと驚いた」と、思わぬ言葉をいただきました。

次回は10月20日、「1950年代の原爆の図全国巡回」というテーマでお話しします。
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