2017/9/17

広島市現代美術館「モナ・ハトゥム展」  調査・旅行・出張

台風の迫る中、朝イチで広島市現代美術館へ。
モナ・ハトゥムの「ヒロシマ賞」受賞記念展を観ました。

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モナ・ハトゥムは1952年にパレスチナ人の両親のもとレバノンのベイルートに生まれ、イギリス旅行中の1975年にレバノン内戦により帰国できなくなってロンドンに留まりました。以後、現代美術を学び、ジェンダーやマイノリティの問題を発表し続けています。

「自国第一主義やポピュリズムの進行が不安視される今の時代だからこそ、今回の受賞記念展を多くの方々に御覧いただきたい」と松井広島市長が挨拶文を寄せていますが、そうした問題は広島そのもの、あるいは私たち自身にも内包されているわけで、そこに「ヒロシマ賞」がどうつながっていくのか、朝鮮学校の無償化をめぐる裁判などを想起しながら、考えざるをえませんでした。

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布で覆われた電気ケーブルと電球、皮膚や爪や毛髪、鉄条網、おろし金、針、溶かしたガラス瓶などを用いた立体作品の数々は、人間の普遍的な痛みを喚起させる見応えのあるものでした。

とりわけ記憶に残ったのは、《距離の尺度》という1988年の映像作品。作者の母親がシャワーを浴びている(一見、それとわからない)粗い画像に、アラビア語の手紙の文字が二重写しとなり、音声もまた、母と娘のアラビア語の楽しげな会話と、母からの手紙を英訳して読む作者の声が重なるように流れます。
戦争によって引き離された母娘の悲しみ、それでも続く親愛の情に加えて、娘が妻の裸体を撮影することをよく思わない父親の様子が手紙の中で語られていて、多義的に受け止められる作品になっていました。

《その日の名残》と名づけられた、「ヒロシマ」をテーマにした新作は、椅子やテーブル、ベッドなどの家具を金網で覆い、燃やして炭化させた「幽霊のような残骸」。白い壁や床には見事に映える詩的な作品で、日本風ではない家具が、「その日」を「ヒロシマ」だけではない方向に開いています。

広島市現代美術館には、来秋、大きな企画でお世話になるので、展覧会を観た後で担当学芸員にご挨拶。
本当はその後、旧日銀ではじまった「広島・キューバ展」を観るつもりでいたのですが、台風で夕方の飛行機の欠航が決定したため、急きょ新幹線で帰ることにしました。「広島・キューバ展」が観られなかったのは残念ですが、本格的な暴風雨が到来する前に無事帰宅。
お世話になった皆さま、どうもありがとうございました。
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