2017/8/25

吉川英治記念館にて丸木スマ作品集荷  調査・旅行・出張

9月9日からはじまる「丸木スマ展 おばあちゃん画家の夢」の集荷作業。

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JR青梅線に乗って二俣尾駅下車、多摩川を渡って、吉川英治記念館へ。
戦時中、青梅の吉野村に疎開した吉川英治の旧居が記念館になっています。

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その吉川英治記念館のK学芸員から、秘書の業務日誌に「赤松俊子氏来訪 原爆紀念堂建立の発起人依頼の件に付き御来宅あり 其の折丸木スマ女史筆のカニの図贈らる」(1955年11月4日)という記述があると連絡を頂いたのは、2007年1月のことでした。

「原爆紀念堂」とは、白井晟一の幻の「原爆堂計画」を指しています。俊の自伝『生々流転』(実業之日本社1958年発行)によると、丸木夫妻は原爆堂ができたら全作品を寄附するつもりで、そればかりではなく、ピカソら各国の美術家に作品を寄贈してもらい、庭には彫刻を配置し、図書館には長田新、大田洋子、峠三吉、原民喜らの原爆文学を置き、映画や芝居の小講堂など、総合的な文化施設を作ろうと思い描いていたようです。
計画の発起人には、湯川秀樹や朝倉文夫らとともに、吉川英治の名前もありました。

そのときはスマの絵の存在が確認できず、流出した可能性もあると言われていたのですが、2014年6月、ついに旧居の屋根裏から《カニの図》が発見されたのです。
吉川英治記念館学芸員日誌にも、その発見が報告されています。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/116801/104645/79923843

こうした経緯があって、今回の「丸木スマ展」を機に、吉川英治旧蔵の《カニの図》をお借りして、初公開することにしました。

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スマさんらしい、生々しい手触りが感じられるような3匹の赤いカニの絵に、筆先で緑の絵具を躍らせたリズミカルな背景。小品ですが、見ていて楽しくなるような良い作品です。
ぜひ丸木美術館で、実際にご覧になって下さい。
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