2017/8/19

ヨコハマトリエンナーレ2017/瀬尾夏美トーク  他館企画など

仕事柄、8月は休みが少ないので、夏の展覧会は見逃すことが多いのですが、駆け足でヨコハマトリエンナーレ2017―島と星座とガラパゴスを見てきました。

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紛争や難民・移民の問題、英国のEU離脱、ポピュリズムの台頭などにより大きく揺れ動く世界の状況を、「接続」と「孤立」をテーマにして考えるという国際芸術展。

丸木美術館で個展をされた木下晋さんや、来年の展示を予定している風間サチコさんも参加し、Chim↑Pomの企画「Don't Follow The Wind」の展示もあったので、ちょっと親近感がありました。

その中で、今回、特に注目して観たのは、3.11後に陸前高田に移り住んだアーティスト・瀬尾夏美さんの展示でした。

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このところ、「路地と人」の小森はるかさんとの二人展や、鞆の津ミュージアム「原子の現場」展など、彼女の作品を観る機会が多くなっています。

それには理由があって、惨禍の記憶を現地で聞きとり、視覚的なイメージで伝達するという表現手法が、私にとっては、丸木夫妻の仕事を想起させるところがあるからです。

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もちろん、1950年代と2010年代では時代背景も大きく違うので、表現手法は異なります。
隠された原爆の惨禍を多くの人びとに等身大の群像図で伝えた《原爆の図》に対し、瀬尾さんの作品はひとりひとりの鑑賞者に向き合うように、ささやかな声で記憶を伝えます。小さな画面に描かれた世界に、鑑賞者がそっと耳をすませるような展示です。

しかし、絵と(詩のような)言葉で、互いの特性を補完しあいながら、観る側の想像力を刺激する、という点は似ています。また、語りの際の人称の問題も興味深く、丸木夫妻も瀬尾さんも、聴き取りでありながら半一人称(瀬尾さんの言葉によれば「宙ぶらりん」)のような手法をとっています。他者の記憶を器のように受け入れながら、自己表現に落とし込む、という立ち位置であることが、そうさせているのかもしれません。

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今回、瀬尾さんは横浜美術館と横浜赤レンガ倉庫1号館の2会場で展示をしているのですが、横浜美術館では震災・津波における生者と死者、記憶と忘却の対比を、なかば物語化された世界で表現していました。

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一方、赤レンガ倉庫1号館では、陸前高田での震災前の聴き取りを出発点にして聴いた遠い戦争の記憶や、「語れないもの」を求めて広島に取材した、さまざまな言葉の断片を展示していました。
絵が添えられている作品もあれば、言葉だけが展示されている作品もあります。
2階の廊下の閉ざされた窓の前には、「語れない記憶」の言葉だけが並んでいました。語られた記憶のかたわらに、常に語られなかった記憶が存在することを提示するインスタレーションです。

若い世代のアーティストが、「被災地」の現場に身を投じて身近に生きる人たちの話を聞くうちに、戦争の記憶に関心を向け、やがて広島にたどり着いたというプロセスは、私にはとても興味深く思われました。

その後は、新宿のphotographers’ galleryへ、こちらも3.11後の活動に注目している写真家の笹岡啓子さんの個展「PARK CITY」を拝見して(広島の平和公園や原爆ドーム、原爆資料館における不可視の気配を可視化した素晴らしいシリーズ)さらに浅草橋に移動して、Gallery Tで開催中の中村亮一・平川恒太「匿名の肖像」展のオープンセッションへ。

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中村亮一くんは戦時中に強制収容された日系人をテーマにした不鮮明な肖像の展示。平川恒太くんは福島第一原発事故の現場で働く作業員の肖像を、黒地に塗った時計の上に黒い絵具で描き出しています。人間の尊厳を剥ぎ取られた「匿名の肖像」。
平川くんの作品に近づくと、108体の肖像のひとつひとつから、秒針の動く音が響いてきます。一斉に時を刻むのではなく、みんな微妙にタイミングが異なるため、音は不思議に響きあい、絵を観る人は、絵の前で耳を澄ませるという不思議な感覚を味わいます。それは命の鼓動のようでもあり、被ばくのために残された時間のカウントダウンのようでもありました(展示は8月26日まで)。

この日はオープンセッションとして、ゲストに瀬尾夏美さんと岡村が招かれました。
広島からは、現代美術に精通し、被爆者の聞き取りの仕事を行っているOさんが駆けつけて、記憶と忘却のはざまで正確な事実をすくいあげていく困難さについて発言して下さいました。

印象に残ったのは、瀬尾さんが作品に言葉を取り入れたのは3.11の後からであり、「言葉は早いメディアなので、急速な状況の変化に対応するために必要だった。絵は追いかけるようにだんだんできていった」と話していたことです。
瀬尾さんもまた、こうするより仕方がなかった、という表現の必然の中で方法論を見出していったことが、よく伝わってきました。
「現在の風景の時間軸をずらすことで過去の記憶を宿す」という彼女の作品が、これからどのような歴史を可視化させていくのか、注目していきたいと思います。
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