2017/5/11

山城知佳子《土の人》/小泉明郎《帝国は今日も歌う》  調査・旅行・出張

京都の堀川御池ギャラリーの山城知佳子展「土の唄」で、ようやく昨年のあいちトリエンナーレで評判となった映像作品《土の人》を観ることができました。
京都国際写真展のプログラムの一環で、キュレーションは小原真史。

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1階展示室には他者の戦争体験の継承をテーマにした《あなたの声は私の喉を通った》(2009年)や《回想法》(2008年)、《バーチャル継承》(2008年)、2階には《コロスの唄》(2010年)、《黙認のからだ》(2017年)といった作品も展示され、山城が「声」も含めた「身体」によって沖縄の記憶を表現し続けてきたことが、あらためて実感できます。

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《土の人》は《肉屋の女》(2012年)以来の3面スクリーン映像による作品で、韓国の済州島で撮影を行ったそうです。
済州島と沖縄の歴史の類似が、国や民族といった境界を解きほぐし、過去と現在、生者と死者の交錯を想起させる神話的な物語へと誘います。

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2012年に記された作者の文章に、「あの日聞いた戦争の話は私の中で何度も反芻され、その度に経験できない他者の記憶を繰り返し想像し、さらにはまだ想像し得ていない他者の記憶と自分との距離に痛みを感じ続けながらそれ自体が私の、戦争にまつわる経験として生き始めている気がする」という印象的な部分があります。
そうした「経験」の反芻の先に、これらの新しい世界が生み出されているのでしょうか。
個人的には、彼女の表現したいことはもっと先にあって、《肉屋の女》も《土の人》もその途上ではないかという予感を強くしました。

国際的に活躍の場を広げる作家に相応しく、会場には若い世代の観客が多く、外国人の姿も目につきました。

   *   *   *

その後は、東京に帰って、原宿のVACANTで開催された小泉明郎展「帝国は今日も歌う」の最終日に駆け込みました。無人島プロダクションと小泉明郎スタジオの共同企画です。

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新作《夢の儀礼─帝国は今日も歌う─》は、2016年にオランダのデ・ハーレン・ハーレム美術館で発表された映像作品で、作者が幼少期に見た父親が目の前で連れ去られるという「夢」と、現実に東京で行われている排外的なヘイトデモの映像が融合します。

やはり3面スクリーンということもあって、直前に観た《土の人》と対比してしまうのですが、山城作品には抑圧の悲しみを知る辺境人を祝福するかのような高揚感が残るのに対し、小泉作品は、中央で起きている深刻な亀裂の不気味さに、薄ら寒い思いがしました。
悪夢のような現実か、現実のような悪夢なのか。

一瞬、救いのように路上で歌われる讃美歌(「主よ御許に近づかん」)が、戦前の聖歌集(『譜附基督教聖歌集』、メソジスト出版舎、1895年)に収められた「国歌 護国を祈る」の歌詞「日の本なる大君を 千代に八千代に ことぶき……」であることがわかったとき、絶望感はさらに増します。

資料によれば、小泉の父は敬虔なプロテスタントの信者であり、日常は天皇を否定的に語っていましたが、小泉が制作していた天皇のコラージュ作品を観て不快に感じ、75歳にして自分の心の奥底に天皇が潜んでいたことに気づいたそうです。大浦信行の天皇コラージュ作品を想起させるような話です。

今回の映像作品は、そうした作者自身の個人史・自画像なのですが、同時にますます不穏さが加速する現実社会への警鐘でもあるのでしょう。
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