2016/8/7 NHKラジオ深夜便 「小さな美術館発・平和への願い」

2016/12/5

『毎日新聞』「余禄」  掲載雑誌・新聞

2016年12月5日付『毎日新聞』の「余禄」欄に、丸木夫妻の原爆の図第13部《米兵捕虜の死》が紹介されました。
http://mainichi.jp/articles/20161205/ddm/001/070/148000c

以下は、記事からの一部抜粋です。

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 広島出身の画家、丸木位里さんは故郷への原爆投下を知った数日後、妻の俊さんと現地へ駆けつけた。2人はそこで目にしたものや証言を基に絵画制作に取りかかる。全15部に及ぶ連作「原爆の図」だ。完成に30年以上の歳月を要した▲連作の中に「米兵捕虜の死」という作品がある。太平洋戦争末期、旧日本軍の捕虜になった米兵12人が被爆し、亡くなったとみられている。この作品は今も原爆の一断面を伝え続ける▲その米兵はなぜ広島にいたのだろうか。どんな人たちだったのか。自身も被爆者の森重昭さんは埋もれた事実を40年にわたって調べてきた。「原爆の犠牲者に国籍は関係ない」と思ったのだ。死没者を特定し、遺族らと交流を重ねた。今年5月にオバマ米大統領が広島を訪問した時、森さんは長年の苦労を大統領にねぎらわれ、抱き合って涙を流した▲日米の真の和解とは−−。

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原爆と真珠湾が奇妙に接続しつつある今日ですが、71年前の戦争が「日米の真の和解」だけで精算されるわけではもちろんありません。

12月8日に小金井市で行う講演「日米開戦の日にヒロシマを考える〜丸木位里、丸木俊の《原爆の図》を通して見えてくる「戦争」〜」では、そのあたりのところも考えていけたらと思っています。
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2016/12/4

「美しければ美しいほど The more beautiful it becomes」展のお知らせ  企画展

このところ、丸木美術館では冬に若者企画の展覧会を行っていますが、年明け2月からは、沖縄戦をテーマにした企画展がはじまります。

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タイトルは「美しければ美しいほど The more beautiful it becomes」となりました。
企画は沖縄出身の若いキュレーター居原田遥。
参加作家も1980年代生まれの嘉手苅史朗、川田淳という若手の映像作家です。

WEBページを立ち上げましたので、詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2017/okinawa.html

丸木美術館に不在の《沖縄戦の図》(佐喜眞美術館蔵)を意識した仕掛けや、さまざまなイベントも準備を進めているようなので、詳細が決まり次第、お知らせしていきます。
以下は、展覧会に向けての居原田さんのステートメントです。

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展覧会によせて

はじめて丸木夫妻の絵を目にしたのは、私がまだ小学生の頃でした。
それは、沖縄県の佐喜眞美術館にある《沖縄戦の図》という絵です。そこに描かれているのは、沖縄戦。美しかったはずの沖縄が血と泥にまみれ、死体と暴力で埋め尽くされた様子です。実際の戦争を経験せずともこの《沖縄戦の図》を目にすると、恐怖を抱かずにはいられない。それは、あの戦争から遠く離れた現在でも覚える恐怖なのだと感じます。

沖縄では今でも、戦争を忘れないための様々な取り組みが行われています。とりわけ学校などの教育機関では平和学習が徹底されています。例えば、戦争経験者の体験を直接聞く機会を設けたり、慰霊の歌を歌ったりと、多様な手段をもって、平和教育がなされています。私が通っていた小学校でも《沖縄戦の図》をもとに描かれた絵本、『おきなわしまのこえ』は課題図書に指定されていて、毎年かかさず手にとり、目にしていました。沖縄で育つとこの『おきなわしまのこえ』を繰り返し目にし、戦争を語る声を幾度となく耳にする。そうやって繰り返し沖縄戦のイメージを見てきたからこそ、知らないはずの戦争に強い恐怖を抱くのです。

1984年、丸木夫妻は広島の原爆を描いたのちに、はじめて沖縄を訪れました。当時、復帰直後の沖縄は、「本土並み」を目指した急速な社会成長の最中にあり、すでに戦争は過ぎ去った歴史となっていました。しかしそのなかで彼らは、数多くの場所を訪れながら沖縄の風景をその目で見て、多くの戦争経験者の声に耳をかたむけ、連作となる《沖縄戦の図》を描いたのです。

それからさらに時が過ぎた今日。現在の沖縄のなにを見て、何を聞いているのでしょうか。
沖縄県北部に位置する高江ではヘリパッド基地の建設が強行され、辺野古では海上基地の建設が進行しています。
反対の声をあげる人々に対し、国は暴力をふるい、排除を強います。また、その状況が全国報道で映し出されることは殆どありません。

沖縄の風景はいまでも、あるいは現在だからこそ優しく、そして美しく見えるのだと私は思います。
それはかつての丸木夫妻が目にし、耳にした沖縄から、どのように変容したのでしょうか。
今日ここから、私たちは沖縄のなにを見て、なにを聞くことができるのでしょうか。

                                居原田遥

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【参加作家略歴】

嘉手苅志朗 Shiro KADEKARU
1985年沖縄県生まれ。2014年沖縄県立芸術大学大学院絵画専修卒業。近年では歌や既存の小説をモチーフにして、自身の出身地でもある沖縄を背景に虚構的な映像を制作。主に、「直感のジオラマ展」 (2014年 福岡市立美術館特別展示室B)、「群馬青年ビエンナーレ2015」(群馬県立近代美術館 2015年)、「社会と芸術」(浦添市美術館 2015年)「VOCA展2016」(上野の森美術館 2016年)、the 5th Taiwan International Video Art Exhibition(鳳甲美術館 2016年)などに参加。

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画像 左:《interlude》 右:《彼らの声》

川田淳 Jun KAWADA
1983年埼玉県生まれ。2007年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。IKEAでゲリラ的に作品を制作し発表するものや、マクドナルドで何も注文せずに店員をただ60秒間見つめる作品等、自身の行為を記録したものを主に映像作品として発表。主な個展に「終わらない過去」(東京都、2015年)「ケンナイ」(広島芸術センター、広島県、2013年)、「まなざしの忘却」(22:00画廊、東京都、2012年)。近年では他に「DMZ Pilgrimage」(South Korea DMZ Piece-Life Hill、韓国、2015年)、「When the Wind Blows / 風が吹くとき」(Millennium Court Arts Centre、北アイルランド、2015年)、「Screen」(HIGURE 17-15cas、東京都、2014年)などに参加。

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画像 左:《終わらない過去》 右:《生き残る》


【企画者略歴】

居原田遥 Haruka IHARADA
1991年沖縄県生まれ。2014年東京芸術大学音楽文化学専攻修了。沖縄をはじめ、アジア圏の芸術運動、オルタナティブ・カルチャーを関心の主軸とし、企画や展覧会などを行う。またスペース「特火点-tochka」を運営。主な活動に、「doubles2 間(のめ)」(WAITINGROOM、東京都、2016年)キュレーション、「寄り道キャラバンプロジェクト」(アジア7都市、2015年)ディレクション、ドキュメンタリー映画《Constellation》(中森圭二郎監督、2016年)共同制作。川田淳個展「終わらない過去」(東京都、2015年)企画など。
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2016/12/3

富山妙子展イベント「何も信じられない時代に何を語る?」  特別企画

富山妙子展「終わりの始まり 始まりの終わり」の関連イベント「―絵と音楽と詩が出会って時代を解く― 何も信じられない時代に何を語る?」は、約70人の方が参加する盛況となりました。
出演は富山さんに加えて、音楽家の高橋悠治さん、詩人の藤井貞和さん。

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自然光の中でのスライド上映が非常に見にくかったり、音響が聞こえづらいという問題もありましたが、95歳の富山さんが終始お元気で、明晰かつエネルギッシュに困難な時代に向き合い続ける様子は、胸を打たれるものがありました。

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丸木美術館のこの種の企画としては、比較的、多様な世代の方たちが足を運んで下さったのも、富山さんの表現の力が、世代を超えて広がる強靭なものであるためなのでしょう(富山さんは「ノンセクト・ラジカル・オールドばかり」とおっしゃって会場の笑いを誘っていましたが、ぼくから見れば決してそうではなかったし、観客の国籍の多様さも富山さんのこれまでのお仕事を反映しているように思いました)。

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年明け1月14日まで開催中の特別展示の会場には、富山さんの新作油彩画2点を含んだ濃密な30点の作品が並んでいます。

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「傀儡国家」満州から「3.11」へと続く歴史の破綻、そして暴力性を暴き出す油彩画やコラージュ作品は、そのテーマ性もさることながら、絵画としての質の高さ、表現の強さで見る者を圧倒し、隣接する展示室にならぶ《原爆の図》と共鳴しながら、多くのことを語りかけてきます。

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安易な言葉に流されず厳しく世界を見続けること、粘り強く思考を鍛え続けること、決して希望を捨てず前を向くこと。この展覧会を通じて、富山さんからはとても大切なことを教えて頂いている気がします。
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2016/12/1

第22回平和・協同ジャーナリスト基金 奨励賞受賞  書籍

このたび、第22回平和・協同ジャーナリスト基金賞が発表され、『《原爆の図》全国巡回』が奨励賞を頂くことになりました。

60年以上前の巡回展の掘り起こしという地味なテーマであり、一冊の本にまとめることができただけでもありがたく思っていたので、予期せぬ知らせに驚いています。
《原爆の図》という絵画にかかわった無数の「人びと」を軸にした本だけに、市民の基金で運営される賞に選んで頂けたことは、たいへん嬉しいです。

山村茂雄さんをはじめ推薦に尽力して下さった方々、そして「全会一致」で選んで下さったという審査員の皆様に、心から御礼を申し上げます。

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◆基金賞(大賞)
 毎日新聞夕刊編集部 夕刊『特集ワイド』における平和に関する一連の記事
◆奨励賞
 大塚茂樹 『原爆にも部落差別にも負けなかった人びと』(かもがわ出版)
 岡村幸宣 『《原爆の図》全国巡回―占領下、100万人が見た!』(新宿書房)
 おしどりマコ・ケン 原発問題での情報発信
 金澤敏子、向井嘉之、阿部不二子、瀬谷實 『米騒動とジャーナリズム』(梧桐書院)
 上丸洋一 『新聞と憲法9条』(朝日新聞出版)
 瀬戸内海放送制作 「クワイ河に虹をかけた男」
 森永玲 「反戦主義者なる事通告申上げます―消えた結核医 末永敏事―」(長崎新聞社連載)


12月10日(土)午後1時から、日本記者クラブ大会議室(東京・日比谷の日本プレスセンタービル9階)に受賞者・団体をお招きして賞贈呈式を行います。
贈呈式の前半は賞状等の授与、後半は祝賀パーティーで、前半のみ参加の方は無料、祝賀パーティーまで参加の方は参加費3000円です。

【選考経過より】
岡村幸宣さんの『≪原爆の図≫全国巡回――占領下、100万人が観た!』も原爆にからむノンフィクションです。丸木位里・俊夫妻が「原爆の図」を発表したのは米軍占領下の1950年。米軍が原爆に関する報道を禁止していたから、日本国民が原爆被害の実態を知るのは困難な時代でした。が、本書によれば、なんと「原爆の図」巡回展が全国各地で催され、大勢の入場者があったというのです。「国民の間で今なお反核意識が強いのは、こうしたことがあったからかも。これまで知られていなかった事実を丹念に掘り起こした努力は称賛に値する」と、全会一致で授賞が決まりました。

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2016/11/28

『琉球新報』連載「落ち穂」第12回 芸術のサーカス小屋  執筆原稿

2016年11月28日付『琉球新報』連載「落ち穂」第12回 芸術のサーカス小屋

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ガルシア・ロルカ没後80年企画のキャラバン・ラ・バルラッカの催しのことを書きました。
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2016/11/27

国際日本研究センター「3.11以後のディスクール『日本文化』」  調査・旅行・出張

京都市郊外の国際日本文化研究センター(日文研)で行われた研究会「3.11以後のディスクール『日本文化』」にて、Chim↑Pomの卯城竜太くんとともに3.11後のアート活動について発表しました。

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私がChim↑Pomとかかわったのは、2011年12月の丸木美術館での個展のときでしたが、当時の彼らの活動や、その後の展開を振り返るという貴重な機会をいただきました。

私の報告はChim↑Pomも含めた「3.11」後の非核芸術の紹介。
そして卯城くんの報告は《SUPER RAT》からはじまり、《ヒロシマの空をピカッとさせる》を経て福島原発事故後につながるChim↑Pomの活動について。

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卯城くんの報告で興味深かったのは、国外で数多く展示されてきた《気合い100連発》など福島原発事故をテーマにした映像作品が、「安倍政権になってから」放射能、福島、慰安婦、朝鮮といった「NGワード」へのチェックが厳しくなり、国際交流基金の主催事業での展示ができなくなったという話でした。

このあたりの話は、昨夏開催された10周年展「耐え難きを耐え↑忍び難きを忍ぶ」でも作品として展示されています。
http://www.chimpom.jp/project/10th.html

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期せずして、なのですが、今回の報告では、公立美術館や国際美術展なども含めて、3.11後の日本の「公」がどちらの側を向いているのか、という違和感が、互いの発表の中で、共通の問題として浮かび上がってきたように思いました。

現在のChim↑Pomは、独自の活動拠点をつくり、寄付などの資金調達の道を拓いて、表現活動の幅を広げています。
Chim↑Pomの後に続く若い世代のアーティストたちにとっても、「オルタナティブ・スペース」と「D.I.Y」は、今の困難な時代を切り拓くためのキーワードであるようです。

考えてみれば、丸木美術館そのものが、半世紀前にアーティストが「D.I.Y」で作り上げたオルタナティブ・スペースの先駆なのでした。
紆余曲折の結果、Chim↑Pomが丸木美術館にたどり着いたこと、今の若いアーティストたちが丸木美術館で展示をすることは、歴史的に見れば必然のようでもあります。
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2016/11/24

『東京新聞』夕刊に壷井明紹介  掲載雑誌・新聞

これが福島の現実 避難者、農家、声なき声…ベニヤに描く
 ―2016年11月24日付『東京新聞』夕刊

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201611/CK2016112402000254.html

丸木美術館の企画展には間に合いませんでしたが、『東京新聞』に壷井明の《無主物》関連記事が掲載されました。取材は出田阿生記者です。

以下、記事からの一部抜粋です。

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 東京都内の公園に、幅三メートルにもなる作品がいくつも並んだ。仮設住宅で暮らす避難者、原発作業員、農家…。それぞれベニヤ板三枚に油絵の具で描かれている。モノトーンの暗い画面に、血液のような赤が目を引く。その迫力に道行く人が思わず足を止めると、壺井さんが「これね、福島の絵なんですよ」と話し掛けた。

 通り掛かった初老の夫婦は「熊本から来たんだけど、うちの家も地震で被害受けて。どこでも起きることだと思う」と話した。横浜市の専門学校生(19)は「最近、メディアは福島の話を取り上げない」と憤った。

 作品は「無主物」と題した連作。これまで十一点を制作した。渋谷の繁華街、名古屋の公園…。各地でゲリラ的に絵を展示する。「絵に目を留めた人に、福島で僕の聞いてきた話を伝える。事故から五年で復興の話ばかり強調されるけど、被害は全く終わってない」

 ふだんは介護施設で働いている。原発事故直後の二〇一一年八月、ゴルフ場から放射能汚染で訴えられた東京電力が、飛散した放射性物質について、所有者のいない「無主物」だと主張した。その無責任さに衝撃を受けた。福島に通い、制作を始めた。

 作品には死者も描かれる。黒っぽい背中を見せて倒れているのは福島県川俣町の女性。夫と一時帰宅中、自宅の庭で焼身自殺した。

 「この女性は避難を強いられるまで一度も故郷を離れたことがなかった。その話をしてくれた福島の住職は、僕の目の前で、こらえ切れず突っ伏して泣いた。人の死や苦しみは感情を伴っているのに、メディアでは数字や無機質な情報になってしまう」

 壺井さんは言う。「除染は表土をはげばいいというが、農家の人は『農業は土づくり。一センチの土に百年かかる』っていう。そんな、マスコミが取り上げない言葉を拾って絵にして、福島の外で伝えていく。売れないし、人を心地よくするわけでもない。アートなのかもわからないけど」

 「無主物」は十月初めから一カ月以上、原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)でも展示された。岡村幸宣学芸員は「壺井さんの絵は、声を出せない人の声をすくいあげている。それは原爆の図の作者である丸木位里、俊夫妻に通じる」と話す。


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2016/11/23

バルラッカ特別企画「fiesta LORCA !」  イベント

1936年8月19日、スペインの詩人ガルシア・ロルカは、故郷グラナダの近郊でファシスト党員に銃殺されました。
今年はロルカの没後80年に当たります。

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そのロルカの思いを受け継ぎ、不穏な時代の動きに抗しようという「芸術のサーカス小屋」キャラバン・ラ・バルラッカの催しが、丸木美術館で行われました。
企画は音楽家の二瓶龍彦さんです。

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まずは「ゲルブ・アル・リシャット・アンサンブル(砂漠の音楽隊)」の演奏で幕が開きます。
歌は祥子さん、パーカッションは田中甚兵衛さん、ギターは二瓶龍彦さん。
丸木美術館の空間が、ここではないどこか、異界に向かって開いていくような演奏です。

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続いて85歳のパフォーマー・黒田オサムさんが「労働者諸君!」と叫び、天衣無縫の踊りでアナキスト大杉栄を顕彰します。
いつもながら、見事な身のこなし。息も切らさず踊りを終えた黒田さんは、「これね、体にいいんですよ」と、こちらもいつもながらの力の抜けた発言。

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休憩をはさんで後半は、モンゴル民謡オルティンドー歌手の伊藤麻衣子さんと、馬頭琴奏者のアマルジャルガル・ドルギオンさんのステージ。
目の前に、無限に広がる草原が広がるような歌と演奏です。
そして、今年5月5日の開館記念日で観客を唸らせた、ドルギオンさんの超絶技巧の喉歌ホーミーも披露。またしても、会場全体が揺さぶられました。

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そして、イベントを締めくくったのは、ピアニストの谷川賢作さん。
最後に、「偽善のようですが……」と笑わせながら、ジョン・レノンの「イマジン」と「鉄腕アトム」をメドレーで演奏しました。
「鉄腕アトム」を作詩した谷川俊太郎さんは、言わずと知れた賢作さんのお父さまです。

♪空を超えて ラララ 星のかなた

鍵盤の上の指を止めて、ゆっくりと歌いはじめた賢作さんのアトムは、胸に深く沁みました。
会場全体が渦を巻くように、アトムの歌に惹き込まれていきました。

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決して観客の数は多くなかったのですが、公演後、二瓶さんは「これからもよろしくお願いします」と言って下さいました。
丸木美術館のこの空間が、これからも「芸術のサーカス小屋」の重要な拠点のひとつとして活用してもらえるのであれば、それはたいへん嬉しいことです。
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2016/11/19

「今日の反核反戦展2016」オープニング  企画展

心配された雨も何とかあがり、午後から「今日の反核反戦展2016」のオープニングイベントがはじまりました。

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実行委員の石川雷太さんの司会により、はじめに、実行委員長の増田敏郎さんの挨拶がありました。

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実行委員の皆さんが用意した食事と飲み物を頂きながら、出品作家のパフォーマンスがはじまります。最初は毎年恒例の奈良幸琥さんのパフォーマンス「白き龍に捧ぐ」。

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続いては、THaNATOS6というグループ。岩田恵さんの箏と阿部大輔さんの尺八演奏、そして目羅健嗣さんの紙芝居です。

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呼びかけ人を務めて下さっている画家の池田龍雄さんの挨拶もありました。

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さらに、トビハさんの舞踏。

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SYプロジェクトによる『ゼロベクレル プロジェクト』のパフォーマンスが続きます。

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日本憲吉(村田訓吉)さんによる『表現の魂・表現の自由を叫ぶ/日本国憲法前文朗読』も行われました。

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同時並行して、八怪堂では、☆A3BC反戦・反核・版画コレクティブによる版画ワークショップも開催中。

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最後は、美術館の新館ロビーに移動して、こちらも毎年恒例、黒田オサムさんによる「ほいと芸」です。
「今日の反核反戦展」は、年明け1月14日まで続きます。
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2016/11/15

講演会「日米開戦の日にヒロシマを考える」のお知らせ  講演・発表

12月8日に《原爆の図》のお話をします。場所は小金井市公民館東分館。
以下はWEBサイトからの転載です。

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【講演会】日米開戦の日にヒロシマを考える〜丸木位里、丸木俊の《原爆の図》を通して見えてくる「戦争」〜

【11/16(水)9:00より受付開始(申込み先着順)】

原爆投下後の広島を描いた丸木位里、丸木俊による《原爆の図》をご存知ですか?
昨年アメリカで行われた《原爆の図》の巡回展を担った原爆の図丸木美術館学芸員の岡村幸宣さんに、《原爆の図》やその巡回の意味についてお話しを伺います。
1941年(昭和16年)の日米開戦から75年目の12月8日に、《原爆の図》を通して「ヒロシマ」「戦争」を考える講演会です。

〈講師〉原爆の図丸木美術館 学芸員 岡村幸宣(おかむら ゆきのり)さん
〈日時〉2016年12月8日(木)午後6時〜8時
〈場所〉小金井市公民館東分館2階学習室(小金井市東町1-39-1 東センター内)
〈定員〉40名(小学生以上の方)
〈参加費〉無料
〈申込み〉直接図書館東分室カウンターか電話(042-383-4550)で11/16(水)9:00より受付開始(申込み先着順)
http://east.ntk-koganei.org/
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2016/11/14

『琉球新報』連載「落ち穂」第11回 現代の「民話」  執筆原稿

2016年11月14日付『琉球新報』連載「落ち穂」第11回 現代の「民話」

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盛況だった「壷井明展」のことを書きました。
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2016/11/13

今日の反核反戦展/富山妙子特別展展示作業  企画展

今日の反核反戦展2016の展示作業日。
大勢の出品作家さんが出入りして、企画展示室は一日中活気にあふれていました。

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実行委員形式になって3年目。皆さんが協力しながら展示を進めて下さっているので、私の方は特別展示の富山妙子展を担当。
と言ってもこちらの方も多摩美術大学美術館のK学芸員とボランティアの皆さんががんばって下さったので、何だかあちこち飛び回っているうちに、いつの間にか展示は終わっていました。

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全体的に、たいへん熱量のある展示になっていると思います。オープニングパーティは11月19日です。
どうぞ皆さま、ご来館下さい。
http://nonukes.nowar.maruki.net
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2016/11/12

富山妙子展作品集荷  調査・旅行・出張

午前中から富山妙子さんのお宅にお伺いして、特別展示「終わりの始まり、始まりの終わり」の作品集荷。
95歳の富山さんは、今展のために旧作だけでなく、新作の油彩画を2点出品されます。
まだ油絵具の乾ききっていない作品から、その驚くべきバイタリティが伝わってきます。

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12月3日に予定しているイベント「何も信じられない時代に何を語る?」について、富山さんは「なんだか本当にタイトル通りの時代になってきましたでしょう、嫌になってしまう」と、3度も繰り返しおっしゃっていました。

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ご自分で切り貼りして作られた展示プランは、そのものが何だかコラージュ作品のようで、お預かりするだけで身が引き締まります。
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2016/11/10

小川高校出張授業  調査・旅行・出張

午後、東武東上線に乗って、わずか2駅、埼玉の小京都・小川町へ。

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今年もまた、埼玉県立小川高校で沖縄戦についての出張授業です。
このタイミングで沖縄戦のことを話すのは複雑ですが、逆に伝えたいことがいろいろあるような気もします。

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例年の会場は町立の公民館でしたが、今年は高校の格技場。
修学旅行を間近に控えた学年全員が、畳の上に集まってくれました。

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小川高校は、丸木美術館の理事を務めて下さった故・栗原克丸先生が図書館運動に尽力された独立型の図書館があることで知られています。
みずから詩人として活動されていた栗原先生のご息女は、やはり詩人の木坂涼さん。
そして、そのお連れ合いもまた詩人のアーサー・ビナードさんで、丸木美術館とのつながりは深いのです。

静かに、じっくりと授業を聞いてくれた小川高校の生徒の皆さん。
沖縄の日々をたっぷり楽しみつつ、その奥に潜む戦争の記憶にも思いを寄せて、実り多い修学旅行になると良いですね。
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2016/11/5

岡崎弥保さん「絵本 無主物」朗読  企画展

毎年恒例、東松山市主催のスリーデーマーチも晴天で無事に終了し、この日は午後から俳優・語り手の岡崎弥保さんの「絵本 無主物」朗読会。

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なんと作家の壷井明さんがピアノ演奏を担当し、その音楽をバックに岡崎さんが《無主物》の物語を朗読するという、興味深い企画でした。
いつも波乱含みの「壷井明展」らしからぬ、美しく破綻のない公演に、休憩時間には絶賛の声も多く聞こえてきました。

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ところが、そんな穏やかな会場の空気も、後半の壷井さんのトークで一変します。
福島の子どもたちをめぐる医療問題と、その支援の場に複雑に絡んでくる政治的立場の関係を、壷井さんが批判的に語ると、会場にいたある女性が、激しく憤りました。
福島で被災し、今もさまざまな葛藤を抱え続けている母親だったのです。

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「思想ではなく、子どもたちの健康の問題」と訴える母親の強い思いに心を打たれ、しかし、思想に取り込まれることを拒否する壷井さんの気持ちも理解できる、という難しい状況。
もともと彼女は壷井さんとも交流があり、決して険悪な関係ではなかったのですが、二人の議論は30分以上も続き、簡単には結論が出ない様子でした。

本質的な問題点は、もっと別のところにあるのでしょう。
にもかかわらず、各所でこうした人間関係の分断を生み続けていることこそが、原発というシステムの大きな問題点なのだろうという気もしました。
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