2017/3/22

『沖縄タイムス』に福住廉さんの「美しければ美しいほど」展評  掲載雑誌・新聞

沖縄と本土 非対称な現実 「美しければ美しいほど」展
 ―2017年3月22日付『沖縄タイムス』

先日の椹木野衣さんに続いて、美術評論家の福住廉さんが「美しければ美しいほど」展の展評を書いて下さいました。
以下は、記事からの抜粋です。

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 本展のねらいは、沖縄の立場から沖縄と本土の非対称性を告発することではない。それは、沖縄の人間であれ本土の人間であれ、ともに共有しているはずの人間の想像力に強く働きかける点にある。

 嘉手苅の作品「interlude」は、沖縄で活躍するジャズシンガー、与世山澄子の顔だけを映し出したもの。航空自衛隊那覇基地の周囲を走行する車内で、ジューン・クリスティによる同名曲を口ずさんでいるが、口元はフレームから外されているので、私たちの視線はおのずと彼女の眼に注がれる。その鋭い眼を時折染めるオレンジ色は、おそらく基地の照明だろう。そこはかつて米軍の空軍基地だったから、彼女のまなざしには米軍に占領され、返還後は日本本土に支配されている沖縄の哀しい歴史が映っているのかもしれない。

 感覚の分断と再構成。あるいは視覚と聴覚の分裂から想像力への統合。本展に通底しているのは、そのような想像力の働かせ方である。

 川田の「終わらない過去」が見せているのは、沖縄で戦没者の遺留品を捜索している国吉勇が発見した定規を、川田が遺族の元に届けようとした過程。音声の内容は映像とは無関係だが、だからこそ私たちは見えない現実を想像することを余儀なくされる。戦争の記憶を内包した定規をあくまでも直接手渡すことにこだわる国吉と川田の思いは、着払いで済まそうとする遺族のもとには、ついに届かない。双方を取り次ぐ役人の鈍感さにも怒りが募る。「定規」が象徴しているように、戦争という過去との埋めがたい距離感を目の当たりにするのである。

 もろん両者の作品は沖縄と日本本土の非対称的な関係を打ち砕くわけではない。だが少なくともそれを自明視して疑わない者に、感覚の裂け目の只中で、非対称な現実を想像させることはできる。来るべき未来は、その先に現れるのではないか。


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写真は、紙面に紹介された嘉手苅志朗作品《interlude》。
企画の趣旨を的確にとらえて、現実とつなげてくれる批評は、本当にありがたいです。

再び告知ですが、今週末の3月26日(日)午後3時からは、シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」(共催:早稲田大学メディアシティズンシップ研究所)を開催します(予約不要、無料=要展覧会チケット)。

登壇者は伊藤守さん(メディア研究/早稲田大学教授)、津田大介さん(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、毛利嘉孝さん(社会学/東京芸術大学教授)、新垣毅さん(琉球新報社東京報道部長)の4名。モデレーターは木村奈緒さん(フリーライター)です。

興味深いシンポジウムになると思います。
ぜひ、シンポジウムと合わせて展覧会もご覧ください。
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2017/3/21

岩波ブックレットNo.964『《原爆の図》のある美術館』のお知らせ  執筆原稿

2017年4月5日に、岩波ブックレットNo.964『《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える』が刊行されます。

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2年越しで苦しんでいたのですが、ようやく出せることになりました。

「わかる、使える〈はじめの一冊〉」ということで、新しい研究成果の発表というより、絵の前で解説をするように、丸木夫妻と《原爆の図》、丸木美術館についての基本的なところを、語り言葉で記した内容です。
開館50周年を機に、初めて丸木夫妻の世界に出会う方にも手にとっていただければ、幸いです。

表紙の絵は丸木俊さんの筆による「丸木美術館見取り図」。
80年代の図なので、今とは建物が少し違っていますが、ゆるやかな空気感はあまり変わっていませんね。
編集者Oさんのセレクト、とてもいい表紙で、気に入っています。

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岩波ブックレットNo.964『《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える』
岡村幸宣著 定価(660円+税)

《原爆の図》が現代に問いかけるメッセージとは何か。
丸木美術館の学芸員が語る、《原爆の図》がたどった道のりと作品の新しさ。

原発と原爆を一体のものとして批判していた丸木位里・丸木俊夫妻の先見性が、3.11後、改めて注目されている。二人の共同制作《原爆の図》はいかに描かれ、それがもたらした衝撃とはどのようなものだったか。二人の生い立ちと遍歴、そして美術史的にも再評価が進む《原爆の図》について、丸木美術館の学芸員が語る。

【目次】
1 川のほとりの美術館
 《原爆の図》のある場所/画家の痕跡の残る場所/《原爆の図》のための展示室/丸木スマの絵画

2 水と油の画家
 太田川のほとり/水墨のシュルレアリスム/屯田兵の開拓村/女絵かきの誕生/原爆を見た画家

3 《原爆の図》の旅
 人間の痛みを描く/共同制作という実験/三部作の完成と全国巡回展/無数の記憶を注ぎ込む/原爆報道の解禁と世界巡回/第五福竜丸の被爆と署名運動/再出発と安住の地/加害の記憶に向き合う/虐殺と差別/暴力の根を求めて/痛みへの想像力/時代を超えるつながり

4 ニ一世紀の《原爆の図》
 戦後五〇年から三・一一へ/被爆七〇年の米国展/ミュンヘンの戦後美術展/絵画が呼び起こす想像力/《原爆の図》とともに生きる


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2017/3/19

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団『カーネーション―NELKEN』  他館企画など

彩の国さいたま芸術劇場で、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の『カーネーション―NELKEN』を観ました。

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諸事情によりチケットが舞い込んで来たので、午後から仕事を休んで行かせてもらいました。

写真は上演前、舞台一面を埋め尽くすカーネーション。
そこに現れた一人のダンサーが、ガーシュウィンの『私の愛する人』を手話で踊ることで、すべてが動き出し、また、終わっていきます。
在りのままで在り続けることを、突き詰めること。
歓び、悲しみ、怒り、泣き……感情も声もまた、身体表現。
観客を巻き込んだ抱擁、そして春夏秋冬のダンス。

この名作は28年ぶりの日本公演とのことでしたが、その頃まだ中学生だった私には、もちろん記憶がありません。
ピナ・バウシュと丸木美術館でお会いしたのは2003年11月のことです。
細くて、しなやかで、もの静かで、鋭敏な雰囲気の人でした。
団員たちが自由に美術館の中を見て歩くのを、何も言わずに放っておきながら、すべてを理解して統治しているような威圧感もありました。

亡くなってから8年の歳月がたつというのに、今も公演は超満員でチケットを取るのは困難だというから、彼女が芸術にもたらしたものの大きさをあらためて思います。

おそらく今回の舞台に立ったメンバーの多くは、14年前に丸木美術館に来た団員から入れ替わっているのでしょうが、新しい人たちが新しい命を吹き込むことで、すぐれた芸術家の仕事は生き続けるのです。
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2017/3/16

映画『息の跡』/松澤宥展  他館企画など

ポレポレ東中野で小森はるか監督の『息の跡』を観ました。
陸前高田で種苗店を営みながら、津波の体験を英語や中国語で綴り自費出版する佐藤貞一さんの姿に迫ったドキュメンタリ映画です。

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災害の後で被災地に移り住んだ若者が、そこで出会った人びとと寄り添うように暮らしながら、カメラでとらえた日常の記録。
あるいは、美術大学に通い、最先端の現代美術を学んだ作家が、ものをつくり、残すことの原風景に出会う作品とも読めます。

以前に、ギャラリー「路地と人」での瀬尾夏美さんと小森さんの二人展「遠い火|山の終戦」展を観ました。
そのときの展覧会と共通しているのは、現実に起きた出来事に直接近づくのでなく、記憶を語り伝える人の言葉を受け取り、静かに手渡す、という姿勢。
震災・津波という厳しいテーマにもかかわらず、撮る側と撮られる側の間の距離感が絶妙で、ゆるやかな空気が観る人にも伝わって、この映画の評価を高めているのだろう、と思います。

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映画の後は、六本木のオオタファインアーツで、嶋田美子さんのキュレーションによる資料展「ニルヴァーナからカタストロフィーへ−松澤宥と虚空間のコミューン」を観ました。

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松澤宥は、日本におけるコンセプチュアル・アートの先駆として知られます。
私が松澤宥を知ったのは、2001年に針生一郎館長の呼びかけで開催された「Oh No!報復戦争反対詩画展」

原稿用紙に短い詩のような文章が書き記された作品が送られてきて、美術館のみんなで「これは何?」「現代美術の作品らしい」「どうやって展示すればいいの?」と戸惑っていたことを思い出します。
それからときどき名前を聞いたり、美術館の展示を観たりするたびに「あ、松澤宥」と気にしていたのですが、彼の概念芸術や「フリーコミューン」などの先鋭的な思考をきちんと理解しているとは言い難いところ。

展覧会は、嶋田さんが松澤邸やヨシダ・ヨシダ邸で積み重ねてこられた調査を生かした内容で、資料展示といっても、インスタレーションのような緊張感のある空間になっていました。
展覧会に合わせて刊行された資料の豊富な書籍も購入したので、じっくり読んでいきたいです。
会期は4月22日まで。

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その後は銀座のGallery Nayutaで開催中の「吉田重信展」も観ました。
いわきで活動されている画家の「臨在」シリーズ。
青の輝きは臨界の光でもあり、希望の光でもあるようです。
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2017/3/16

『琉球新報』に椹木野衣さんの「美しければ美しいほど」展評  掲載雑誌・新聞

表現と情報の根本問う 丸木美術館企画展「美しければ美しいほど」
 ―2017年3月16日付『琉球新報』

現在開催中の企画展「美しければ美しいほど」(企画:居原田遥)について、椹木野衣さんが展評を書いて下さいました。
以下は、記事からの抜粋です。

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 丸木夫妻の凄惨極まりない「沖縄戦の図」、最先端の現代美術作品、ソーシャル・メディアから日々発信される情報群……これらは、一見してはまったくバラバラに受け取られかねない。けれども、三つの展示は、時代や性質の違いを超えて、実はたがいに通ずる問題を発している。それは、「いまここにない状況をどのように伝えるのか」という、見かけ以上に根本的な問題である。

 たとえば、語りだけでどこまで絵の内容は伝えられるのかという音声のみの導入は、ツイッターのように1次制が高いぶん、偶然や主観性を排除しきれない私的メディアの情報を、どこまで信頼すればよいのかという難しさと重なっている。

 それは突き詰めれば、そもそも丸木夫妻の「沖縄戦の図」は、沖縄戦の実態をどこまで伝えているのか、ということにも通じる。だが、これはすべての絵が表現である限り避けられない。ピカソの「ゲルニカ」であろうと同じことだ。編集や合成が自在な映像なら、なおのことだろう。

 そのことがもっとも端的に示されたのが、川田の「終わらない過去」だろう。沖縄で出た「遺品」を本土の家族のもとに届けようとする作者がぶつかるさまざまな困難は、たんなる記憶の風化というよりも、実は電話や郵便という公的なメディアが今日、突き当たっている信憑性の揺らぎからもたらされている。

 本展は、企画者が設定した「沖縄」という主題を経ることで、かえって「私たちはなにをもって人を信じられるのか」という、より普遍的で困難な問いを呼び寄せる結果となっている。


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写真は、新聞に掲載された川田作品の展示室です。

この複雑な展覧会の本質を見きわめるのは、なかなか難しく、私もずっと考えているのですが、結果的には、東京と沖縄、あるいは伝える人と受け止める人の「距離」が浮かび上がっているのだろうと感じています。

3月26日(日)午後3時からは、シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」(共催:早稲田大学メディアシティズンシップ研究所)を開催します(予約不要、無料=要展覧会チケット)。

登壇者は伊藤守さん(メディア研究/早稲田大学教授)、津田大介さん(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、毛利嘉孝さん(社会学/東京芸術大学教授)、新垣毅さん(琉球新報社東京報道部長)の4名。モデレーターは木村奈緒さん(フリーライター)です。

ぜひ、この機会に丸木美術館までお運びください。
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2017/3/10

山城博明写真展「抗う高江の森」  特別企画

本日、3月10日からは、2階アートスペースにて、山城博明写真展「抗う高江の森」がはじまりました。会期は4月9日まで。

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小さな写真展ですが、高江の美しい自然、ヤンバルクイナやノグチゲラなどの生きものたち、そして強行されるヘリパッド建設工事の様子が、64点の写真から生々しく伝わってきます。

一昨日、山城さんご自身で展示作業をして下さいました。
別件が立て込んでいて、私はあまりお手伝いできなかったのですが、山城さんの写真は以前から「ハジチ」のシリーズなどを拝見していて、とても関心があったので、個人的には感慨深いです。

高文研から刊行された『抗う高江の森』など、会期中には山城さんの著作も販売しています。
どうぞお見逃しなく。
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2017/3/9

ブレヒトの芝居小屋「沖縄ミルクプラントの最后」  他館企画など

夜、東京・練馬区のブレヒトの芝居小屋へ行き、初日を迎えた東京演劇アンサンブルの「沖縄ミルクプラントの最后」(坂手洋二作、松下重人演出)を観ました。

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舞台は1995年、沖縄米軍基地(浦添キャンプキンザー)内にあるミルクプラント工場。
その工場の閉鎖を巡る、従業員の組合闘争と葛藤を描いた作品です。
決して大きな事件を取り上げているわけではないのですが、米軍占領やベトナム戦争など戦後の沖縄の複雑な歴史が凝縮され、同時に基地返還後の未来も照射されていきます。

初演(1998年、燐光群)から20年を経ても、問題の本質は変わっていません。
東京から沖縄に近づこうとすればするほど、沖縄は遠ざかる気がします。
それは、なかなか辛いことではあるけれど、悩み、考え続けていくより仕方がないのでしょう。

ともあれ熱演、濃密な舞台を作り上げた劇団員の皆さんに感謝。
公演は3月19日まで。
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2017/3/7

NHK-FMラジオ「日刊!さいたま〜ず」出演のお知らせ  TV・ラジオ放送

3月8日(水)午後6時からのNHKさいたま局FMラジオ番組「日刊!さいたま〜ず」に生出演して、現在開催中の企画展「美しければ美しいほど」の紹介をします。

http://www.nhk.or.jp/saitama/program/b-det0008.html

担当は與芝由三栄アナウンサー。
リクエスト曲は、嘉手苅志朗くんの映像作品のモチーフにもなっている与世山澄子さんの「インターリュード」をお願いしました。
埼玉県内限定の放送ですが、電波の届く環境の方は、どうぞお聴きください。
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2017/3/4

『中國新聞』に新発見の丸木スマ作品紹介  掲載雑誌・新聞

3月1日の広島での丸木スマ作品調査で発見された《ピカドン》について、中國新聞の西村文記者が取材して下さいました。

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ニュース記事はこちらから。全文を読むには会員登録が必要となります。

http://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=323828&comment_sub_id=0&category_id=112

以下、記事に紹介された岡村のコメントのみ抜粋します。
「スマさんが絵を描き始めて間もない、1950年ごろの作品ではないか。原爆を題材にしたスマの絵は数点現存するが、ここまで生々しい描写は初めて見た。『原爆の図』に描かれた人々の姿とも重なる」
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2017/3/2

【広島出張2日目】旧広島地方気象台(江波山気象館)  調査・旅行・出張

広島出張2日目。
午前中は、江波へ足を運び、旧広島地方気象台を訪れました。
柳田邦男の『空白の天気図』を読んで、一度訪れてみたいと思っていたのです。
現在は江波山気象館になっています。

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1934年建築のモダンなデザインの建物で、戦前の鉄筋コンクリート建築としては最末期のものだそうです。

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玄関のひさしの支柱が片側だけであることや、観測塔の周囲に防水のための筍状の穴が空いていることなどなど、建築の特徴を解説する案内も丁寧に書かれています。

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屋上にある観測塔には、今も実際に上ることができて、港の風景がよく見えました。

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この建物は、原爆の爆風を受けた跡が残る外壁(写真)や、歪んだ窓枠、室内の硝子の破片を保存している被爆建物でもあります。
展示室では1945年8月6日の業務日誌や、気象台職員による原爆災害調査報告も見ることができます。

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この最初期の原爆被害調査として貴重なガリ版刷りのパンフレットは、丸木美術館にも保存されています。

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午後は呉に足を延ばして、呉市美術館を訪れました。

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あまり時間がなかったので慌ただしかったのですが、先日丸木美術館に来て下さったK学芸員にご挨拶できたのは良かったです。
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2017/3/1

【広島出張初日】広島丸木スマ作品調査  調査・旅行・出張

朝一番の飛行機で広島に行き、三岸節子記念美術館のS学芸員、奥田元宋・小由女美術館のN学芸員とともに、広島市内の個人宅で丸木スマ作品調査を行いました。

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最初は市内西区三滝町のお宅。
押入れの中の箱から出てきたという作品を拝見し、もっとも驚いたのは、未見のスマ作品《ピカドン》が発見されたことです。
所蔵されていた方も最近まで知らなかったそうで、おそらく未公開なのでしょうが、今まで見てきたスマさんの原爆の絵の中で、もっとも臨場感がありました。

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描かれているのは三滝橋でしょう。橋をわたる人の群れ、川に入る人びと、「幽霊」のように手を半分前に出して歩く人、頭を抱えて座っている女性。これらのイメージは、スマのデッサンの中に個々のモチーフとして見ることができます。

注目すべきは、画面左端の女性。
小学館から刊行された丸木スマ画集『花と人と生きものたち』(1984年)にも収められていますが、この女性のイメージは、従来は横向き、つまり地面にうずくまるように描かれていると思われていました。

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しかし、新たに発見された《ピカドン》を見ると、実は縦向き、膝を立てて座っていることがわかります。
《ピカドン》では小さな子どもを抱いているようにも見えますが、どうでしょうか。胸もとが剝き出しになっているのかもしれません。

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また、大塔書店版『丸木スマ画集』の表紙に使われている、《菊と蝶》も見つかりました。
その他にも、気になる作品はいくつかあるのですが、いずれ、まとめて公開する機会を設けたいと思っています。

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また、丸木位里の1948年第2回前衛美術展出品作《牛》も出てきました。
かなりの大作ですが、こちらは、発表後に背景を緑色に彩色した可能性もあります。
その他にも、エルンストを思わせる抽象的な表現の墨絵も見つかり、今後の調査を進めていきたいところ。
日本画のエキスパートであるN学芸員のお力もお借りすることになるでしょう。

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その後は、安佐南区長楽寺の個人宅にお伺いして、丸木スマ作品をじっくり見せて頂きました。

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まだまだ未見の作品がたくさんあることを、あらためて確認する調査でした。

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ユーモラスな河童の絵、見ているだけで笑い出したくなりますね。

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着物の布地を使って軸装した作品もあり、これらは表装も含めてひとつの作品といった印象を受けます。

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時間を忘れて調査に没頭しました。
あらためて、丸木スマの作品の魅力、奥の深さを再確認した思いです。
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2017/2/25

Chim↑Pom「The other side」展  他館企画など

無人島プロダクションで、Chim↑Pom展「The other side」を観ました。

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昨年末、京都で卯城くんとトークをした後、すぐにメキシコへ行くと行っていたのは、この展示のためだったのです。
メキシコの米国との国境の町ティファナ(2014年に丸木美術館で個展を開催した竹田信平の拠点でもあり、米国への入国を目ざしてやってきた中南米の人びとが国境を越えられずにそのまま定住するなど、この街自体が非常に興味深い場所)で、国境の壁沿いに住む一家の家の庭の木の上に小屋を作り、「境界」を見つめるという内容。
展覧会は、そのツリーハウスのレプリカと、地下トンネルの中を通って「米国の土」を踏むプロジェクト、そして現地のメキシコ人たちとともに壁の向こう側に「自由」の墓を建てるというプロジェクトの映像で構成されています。

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トランプ大統領の誕生後にいち早くアクションを起こした「素早さ」には驚きましたが、実は、メンバーの一人であるエリイちゃんが米国の入国を許可されないという個人的な事情がきっかけだったとのことで、数年前から温めていた企画のようです。
一見、タイムリーに思えたこの展覧会は、もしかすると、トランプ大統領の就任とは異なるタイミングで実現していた方が良かったのかもしれません。
Chim↑Pomの得意とするブラックユーモアは、低俗なパロディのような現実世界に追い越されてしまって、トランプの放つ毒気に、ちょっと霞んでしまっているように(つまり、極めて真っ当に)見えました。
展覧会は4月9日まで。

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その後は横浜市民ギャラリーあざみ野へ移動し、写真家の新井卓さんと石川真生さんの対談を聞きました。パワーあふれる石川さんのトークに、新井さんも押され気味。しかし、ヤマトから沖縄を見つめる視線には、とても大きな示唆を受けました。
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2017/2/19

山内若菜《牧場》展示/風間サチコ公開制作  他館企画など

名古屋出張の帰りに、藤沢市民ギャラリーへ、最終日を迎えた山内若菜さんの《牧場》の展示を観に立ち寄りました。

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藤沢市民ギャラリーに来たのは、ちょうど10年前、2007年の今の時期に開催された「藤沢市30日美術館 藤沢と丸木位里・俊展」以来。とても懐かしく感じられました。

山内若菜さんの《牧場》は、昨年3月に丸木美術館に展示した後、岡山の中学校で展示する機会があり、生徒たちの感想を受けて大幅に加筆したそうです。
会場に入った途端、色彩が増えて画面が明るくなり、牛や馬の姿が墨の中から浮かび上がってくることに驚きました。

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丸木美術館で展示をしたときには、「福島の牧場をテーマにしているというけど、真っ黒で何が描いてあるかわからない」という感想も少なからずありました。けれども今回は、絵を観る人のイメージをふくらませるための手がかりが、かなり明確になってきたように感じます。
「わかりやすさ」ばかりが良い訳ではないけれど、彼女の内にある濃厚な物語を観る人が共有できることも、大切な意味を持つ作品なのだと思います。

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土の色、星の光、貼り重ねた和紙の上に流された墨の中から浮かび上がる人や生きものたちの姿を見ているうちに、この絵が小さな宇宙空間のようにも見えてきました。
3.11後の私たちが生きる世界、そして3.11よりずっと前から受け継がれてきた宇宙が、彼女の身体を通って、目の前に現れてきたような感覚です。

丸木美術館での作家トークの際、「私には絵しかない、絵を描くことしかできない」と、質問の答えから遠ざかりつつ、何度も繰り返していた彼女の姿を思い出しました。
客足の途絶えた夕暮れの美術館で、《原爆の図》の前に勝手に和紙を広げて、憑かれたように模写に没頭していた後ろ姿も。

ときに危うくも感じられるその一途さで、彼女がこれからどこまで内なる宇宙を拡げていくのか、じっくり観続けていきたいと、あらためて思う良い展示でした。

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次に府中市美術館へ移動して、風間サチコ公開制作「たゆまぬぼくら」のアーティストトークへ。対談相手は話題の2020年東京オリンピックのエンブレムを制作した野老朝雄さん。

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……と書くと、とても「健全」なイベントのようですが、一筋縄ではいかない風間さんが公開制作した木版作品は、《人間富嶽》と《決闘!硫黄島(近代五種麿参上)》。

戦前の幻の東京オリンピック(皇紀2600年=1940年)に焦点を当てながら、「ディスリンピック(ディストピアとオリンピックをあわせた風間さんの造語)」をテーマにしています。

《人間富嶽》は、富士演習場を舞台に、鍛錬や努力、目標達成の象徴としての「人間ピラミッド」や、第2次世界大戦中に日本軍が計画した、B-29の1.5倍という超大型爆撃機「富嶽」などがアルミ箔製の銀屏風に刷られた作品。

そして《決闘!硫黄島(近代五種麿参上)》は、戦前のオリンピックの英雄で、硫黄島で戦死した「バロン西」(1932年ロス五輪金メダリストの西竹一男爵)をモチーフにしたキャラクター「近代五種麿」が登場します。

こうした「健全」な「鍛錬」から生み出される英雄礼讃と表裏一体になって、不健康な国民を排除して「健康優良」な民族を生産する「国民優生法」が制定されたのも1940年。ナチスの思想を導入したこの法律は、戦後も優生保護法に継承されて、ハンセン病患者の強制隔離や先天性障害児の中絶の法的根拠となっていくのです。

「健全」を目ざして「たゆまぬぼくら」が生み出す歪んだ世界。
風間さんが焦点を当てようとしているのはまさにそうした問題で、野老さんがトークで語っていたのも、多様性が失われつつある現在の社会に対する違和感でした。

今回の風間さんの公開制作は、「ディスリンピック」という壮大なテーマの序章に過ぎません。
この後に本格的な大作を制作し、2018年4月に丸木美術館で展覧会を開催する予定です。

先日、第8回「創造する伝統賞」を受賞されたばかりの風間さんは「制作技術ではなく、反逆精神こそが伝統だと思っている」と語っていましたが、トーク後の打ち合わせでも、「私は、このディスリンピック展に賭けているんです」と熱い思いを、しかし飄々と打ち明けてくれました。

果たしてどんな展覧会になっていくのか、とても期待しています。
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2017/2/18

ピースあいちにて原爆の図ギャラリートーク  講演・発表

午後1時半から、戦争と平和の資料館ピースあいちで原爆の図ギャラリートーク。

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現在、ピースあいちでは、開館10周年記念企画として、原爆の図第1部《幽霊》を展示中です。
広島平和記念資料館所蔵の「市民が描いた原爆の絵」(複製)も同じ会場で展示しているため、四國五郎や(今年生誕100周年の)峠三吉とのかかわりも話してほしい、「原爆の図のためのデッサン」も展示しているので、いわさきちひろや早朝デッサン会の話もしてほしい、ミュンヘンの展覧会の話もしてほしい、と事前にスタッフの方々から多くのリクエストを頂いていたので、あっという間の1時間でした。

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ピースあいちは大勢のボランティアが企画にかかわり、勉強会を開きながら展示を作り上げていくという特徴を持った施設です。
「市民が描いた原爆の絵」も、絵の舞台となった場所が広島のどこだったかを地図に落とし込み、実際に訪れ、現在の風景写真を撮ってきて、絵とともに展示していました。
そのため、個別具体的な体験の表象である「原爆の絵」と、多数の記憶の集積を芸術として再構成した《原爆の図》との対比が、いっそう浮かび上がる空間になっていました。

トークの後には映画『ひろしま』の上映もあり、会場がいっぱいになるほど大勢の方が来て下さいました。いつも温かく迎えて下さる名古屋の皆さんに感謝。本当にありがとうございます。
展覧会は3月25日まで。お近くの方は、ぜひこの機会にピースあいちへお運び下さい。
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2017/2/17

『沖縄タイムス』に「美しければ美しいほど」展紹介  掲載雑誌・新聞

沖縄戦継ぐ映像上映 県出身2作家ら企画展
 ―2017年2月17日付『沖縄タイムス』

現在開催中の企画展「美しければ美しいほど」が、『沖縄タイムス』に紹介されました。
以下は、記事からの一部抜粋です。

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企画した座間味村出身の居原田遥さん(26)は「沖縄戦の継承にどう取り組めるのか、沖縄の状況をどう受容できるか、美術や表現活動の可能性を考えたい」と企画意図を話した。

 同館に展示されている「原爆の図」の作者、丸木位里・俊夫妻には「沖縄戦の図」(佐喜眞美術館所蔵)の作品がある。丸木美術館は近年、社会的なテーマに取り組む若手アーティストらの企画展に取り組んできた。今回は、沖縄戦や基地問題にアートはどう向き合うかを題材にした。

 展示は、佐喜眞美術館の佐喜眞道夫館長の沖縄戦を説明する音声から始まる。居原田さんは「死者の声に耳を傾けることから、伝えることにつながる」と説明した。
豊見城市出身の嘉手苅志朗さん(31)の映像「インターリュード」は、戦後活躍したジャズシンガー、与世山澄子さんが歌う作品。戦争の痛みを抱えながら、米軍を引き受け生き抜いてきた戦後沖縄の一側面を象徴する。サンゴを死者の魂に見立て、死についてコミカルに表現した「彼らの声」も上映している。

 埼玉県出身の川田淳さん(33)は沖縄戦を経験した元日本兵の証言や、現在の遺骨収集を収めた映像で、沖縄戦の意味を問う。


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