2017/8/6

もう一つの日本文化(アイヌ遺骨返還へ向けた国際メッセージ、ほか)  文化・芸術
 Nibutani
 The other day I visited Fumio Kimura in Nibutani. Mr Kimura is Ainu (aborigine people from northern, mostly Hokkaido, Japan). He is fighting for the return of ancestral bones to the Ainu people from the Japanese government. Japan continues to keep over 1600 Ainu bones for research purposes. Other Ainu bones were also taken to Australia, Europe and the US. Germany recently returned a skull stolen from an Ainu cemetery. He wanted me to share his message.

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 前回のブログ(2017/7/23)では、木村さんと私が文部科学省へ出した質問状・第2弾の回答について、文面こそ丁寧であるが、内容的にはゼロ回答であることを示した。

 また、『木村さんは、この回答文書によって、【アイヌ遺骨の「あるべき姿」を求める活動】を強める決意をしたように見える。』と書いたが、事実、木村さんは怒りまくっており、既に幾つかの強化行動を開始した。

 その一つが、上記のとおりアメリカ人によるSNSとなって現れた。
 この切っ掛けは、6月に私宛に来たアメリカ人からの次のメールだ。

 2 Jun 17, 1.48AM JST
 Konnichiwa
Konnichiwa ○○○○ma-san,
Pardom my email, I have followed your photographs on flickr for some time. I especially like your photos of Ainu arts and crafts.
I will be in Hokkaido, mostly Sapporo, this August. Do you have any recommendations of places to visit for Ainu culture, crafts and is possible festivals that may occur during this time? I have visited the Shiraoi Ainu Museum a few years back.
arigatou
○○○○

 私は、アイヌ関係の商業施設(例えば、阿寒湖アイヌコタンや鶴雅ホテルなど)を知らせてもしょうがないと考えた。それで「2日間の時間があるならば、私の知り合いのアイヌ工芸家などを案内できる。作品のほどんとは触って鑑賞することができるが、英語での解説や通訳は出来ない。それでよければ案内する」と返事を書いた。

 そういった経緯で、最終的には3日間の案内を行うことになった。2日目のメニューに木村さん宅への訪問がある。2日目の日程(最終版)は次のとおり。

 8月1日(木)07:30 JR琴似駅
→@1669年、アイヌと日本人の最大の戦いとなったシャクシャインの戦い、その城趾があるマウタ公園訪問
→A私の友人であり、アイヌ木彫り工芸家、エゾシカ・ヒグマ猟のハンターでもある浦川太八氏の工房訪問
→B私の友人であり、アイヌ木彫り工芸家である貝澤徹氏の工房兼店舗訪問
→C貝澤徹氏の店舗から徒歩2分のところにある二風谷アイヌ博物館訪問
→D貝澤徹氏の店舗から車で10分。私の友人であり、アイヌ遺骨返還運動家である木村ニ三夫氏の自宅訪問
→E恐らくJR琴似駅帰還は、21:30

 当然ながら、訪問先には事前にアポを入れる。木村さん宅訪問は16:00〜16:30頃、30分ほどお話して帰る考えだった。しかしアポを入れると、「晩飯食べていけ。焼き肉でもやるべ!」と言われ、お言葉に甘えることにした。

 実際に木村さん宅を訪問したのは16:30、お暇したのは20:30、4時間にも及ぶ滞在となった。
 屋外での焼き肉は、木村さん夫婦と彼(アメリカ人)、私以外に「平取アイヌ遺骨を考える会」の井澤共同代表やスタッフも参加して賑やかなものになった(木村さん主催の食事では毎度の事である)。様々な話が出た。当然、アイヌ遺骨の研究、返還の話も出た。

 彼は本業ではないが、アメリカ西海岸で日系人グループなどのエスニックグループのイベント支援を行っている。先住民族は彼のテリトリーではないが、彼の一般教養は深い。

 私が「木村さんはアイヌ(先住民族)の遺骨返還の活動をしている」と説明した際、彼は戸惑ったように言った「先住民族の遺骨は、先住民に還すことは決まりではないのか?」。

 私は「それが世界の先進国の常識だ。だが日本はそうなっていない。国際常識の先住民族人権を理解できない【シノダ】という分子人類学者がいる。この無教養な男が「THE ANTHROPOLOGICAL SOCIETY OF NIPPON(日本人類学会)」のボスだ。とても残念な事実だ。」と説明せざるを得なかった。

 木村さんから彼への熱い語りかけもあり、彼は全面的に協力する旨表明した。


 札幌までの帰路、彼(アメリカ人)は上機嫌だった。アイヌはカルフォルニア人と同じ。「going easy」だと言う。

 さて、本当に木村さんは怒っている。悲しむべき現実として、国、北大、具体的には篠田氏や常本氏などからはアイヌ遺骨の取扱いに係る考え方の変化、誠意などは感じられないという。

 木村さんは所定の期日までに変化がない場合を想定しての訴訟の準備に入った。このことについては常本氏側には伝えてあるという。


 木村さんの怒りが増していることは、私も感じる。
 一昨日(8/4)の電話では、当日、北大でアイヌ遺骨のイチャルパがあり、木村さんは初めて参加したとの事。

 木村さんは多くを語らなかったが、【良いイチャルパ】ではなかったようだ。木村さんは遺骨に対し【いつか、きちんとした形で迎えに参りますから】と詫びたそうだ。

 また、木村さんは、このイチャルパに【何故、篠田が来ているんだ!】と怒っていた。心が籠っていない行動ほど相手を侮辱するものは無いということなのだろう。
 木村さんは純真だ。「人である人」でない行動に対しては怒る。



 さて、今回もアップしようとしていたところに木村さんからのFAXが届いた。FMピパウシの「木村ニ三夫の言いたい放題」の草稿だ。ご紹介する。
*草稿段階のものですので、若干変更となる可能性があります。

 『ホロケウカムイではないが、これまで何度吠えただろうか。盗んだ遺骨は元へ還せ。あるべき姿に戻すべきと。

 FMピパウシ・リスナーの皆さん、イランカラプテ!木村ニ三夫の言いたい放題の時間です。

 冒頭申し上げた「ホロウケウカムイ」とは何の事?と思っている方がほとんどでしょう。少し説明をさせていただきます。「ホロケウカムイ−狩する神」とは明治の初め頃まで北海道に3000頭程分布していた「エゾオオカミ」の事です。

 呼び名を「ユクコイキカムイ−鹿を狩る神」、「ウオッセカムイ−吠える神」ともアイヌ達は言っていました。アイヌには危害を加えず、アイヌとは共存共栄で、鹿の居場所を吠えて教えてくれるという最高のパートナーだったようです。

 しかし、このパートナー達に悲劇が訪れます。明治5年(1872)年、この日高の地域に御料牧場「天皇の牧場」が開場されることになり、全道から沢山の道産子(馬)は集められ、そこに住むアイヌ達には何の相談もないまま、牧場とされた場所に放牧されました。

 そして、明治12年春先(1879年冬)、北海道は何十年に一度という大雪に見舞われ、「ホロケウカムイ」の主食であるユク(鹿)がほぼ全滅という事態となった。ホロケウも生きる為に、狙うは近くの牧場の馬だったようで、牧場側の被害も相当だったようです。

 牧場作りの指導者としてアメリカから招いていたエドウィン・ダンの提言で、ストリキーネという猛毒を外国から取り寄せ、餌に混ぜ絶滅させるという人間の手で自然の崩す取り返しのつかない事をしてしまったのです。

 「誰かのために犠牲になった」ホロウケウカムイ達が今現存していたら、どうだったろうか?現在全道で40万頭とも言われている鹿たちによる食害に頭を悩ませる事も無かっただろう。これも人間が蒔いた種、自然のバランスを崩した付けが今回ってきている。

 人間たちよ、これまでどおり欲望の限りに生き、異常気象で悲鳴を上げている地球の破滅を待つか、それとも、ライフスタイルを変えるか、大事な局面ではないだろうか。

 さて話が私の趣旨とは違う方向に向いてしまったが、その話とは、研究の為、大学等に盗掘、違法に持ち去られた「アイヌ遺骨問題」です。国は地域返還というガイドラインが固まらず、いまだにハッキリしないでいるが、当事者である大学側も「国の方針待ち」という無責任かつ反省、誠意の無い態度を見せる。なんとも恥ずかしい。

 オーストラリア政府のアボリジニーの遺骨返還に対する取組や丁重に返還する姿勢、そしてラッド首相がアボリジニーに対して「アイム・ソーリー、アイム・ソーリー」と何度も何度も謝罪する感動的なシーンを見せてくれたが…。それは2008年、もう10年も前の事だ。

 日本国、大学、学者達はどうだろう。世界に向けてどんな顔をするのだろうか。もう一度言う。盗掘、違法に持ち去ったアイヌ達の遺骨、人権、尊厳を一日も早く地域に返してほしい。盗みは何処の国でも犯罪なのに日本には当てはまらないのか。全く恥ずかしい。

 木村二三夫の言いたい放題でした。イヤイライケレ。

 話は変わる。
 今月はここで終わろうかとも思ったが、SNSをアップしてくれた彼(アメリカ人)がとても上機嫌だった理由について、いくつか紹介する。

 この訪問日の夕食は木村さん宅であったが、昼食は浦川太八さんが振舞ってくれた。主菜はユクオハウ(具沢山のエゾシカ肉のスープ)だ。骨付きのアバラ肉がゴロゴロ入っている。もちろん、このエゾシカ肉は浦川さんがライフルで仕留め、ご自身で捌いたものだ。

 実は彼はシカ肉を食べるのは何十年ぶりなのだ。彼はケンタッキー生まれ・育ちで、今はアメリカ西海岸に住んでいる。ケンタッキーではシカ肉を食べるが、西海岸(都会)ではシカ肉を食べないという。彼にとっても久々のシカ肉だったという訳だ。

 彼は日高地方を訪れるのは初めてだ。ご承知のように日高門別を過ぎると、浦河までは軽種馬(競馬用の馬)の牧場だらけだ。実はケンタッキーも軽種馬の牧場だらけらしく、とても親近感を感じると言っていた。

 彼と木村さんの最初に対面が面白い。木村さん宅の玄関前で私と彼が呼び鈴を押すと、木村さんが出てきたわけだが、彼を見ての第一声は「お前はどこの(地域の)アイヌだ?」だった。

 確かに彼は、アイヌにいてもそうおかしくない風貌をしている。アイヌに混じっていても目立たないだろう。木村さんは彼を自宅に入れる前に20メートルほど離れた木村家のヌサ(祭壇)へと案内した。

 そして、数本あるイナウについて、これが「ワッカ・ウシ・カムイ」、これが「ポン・ナイ・カムイ」、これが先祖・・・と解説していく。まるで本当に遠方から訪ねてきたアイヌに対する振る舞いのようだった。

 彼はこの数日前、刺繍をしているアイヌ女性訪問の際にも、「髪の毛さえ黒ければアイヌね」と言われ、彼女が作った刺繍入りのマタンプシ(ハチマキ)を締めされられ、「ほうら、アイヌになった」とか言われていた。

 今回、彼は5人のアイヌ個人宅を訪問したが、何処でも「また来いよ」と言われた。彼は、アイヌはカルフォルニア人と同じ。本当に「going easy」だと言う。

 今回の彼のアイヌ訪問は、彼にとってもアイヌにとっても良いことだったと思う。
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