2017/10/19

もう一つの日本文化(朝鮮人とアイヌ民族の歴史的つながり)  文化・芸術
 木村二三夫さんから、できるだけ早く掲載してくれと、FMピパウシの「木村ニ三夫の言いたい放題」の草稿がFAXされてきた。ご依頼により急遽アップする。
 *草稿ですので、大幅に変更する可能性があるそうです。

■FMピパウシ・木村ニ三夫の言いたい放題 草稿


『今、アメリカの尻馬に乗って北朝鮮の脅威論を安倍総理大臣が先頭となって閣僚が唱えているが、ここまで北朝鮮の怒り・憎しみを増幅させた原因は何なのか?

 FMピパウシ・リスナーの皆さん、イランカラプテ。
 木村二三夫の言いたい放題の時間です。

 アメリカは、太平洋戦争終結という大義名分の名の下で、どれ程残虐非道な事を日本にしたか。広島・長崎に落とした原爆、東京をはじめとする日本全国の都市の非武装住民(非戦闘員)の住居地区への無差別爆撃によって、100万に近い非戦闘員が殺されたという。

 これは明らかに1907年のハーグ陸戦条約・第25条の「無防備都市、集落、住宅、建物はいかなる手段をもってしても、これを攻撃、砲撃することを禁ず」に違反している。

 アメリカの行った残虐で非人道的な鬼畜にも劣る行為を、日本人は忘れたのだろうか?
 ただし、日本もアメリカに先駆けて、中国重慶で非武装住民の住居地区への無差別爆撃を行っていたことは、日本人全員が知っていなければならないことです。

 また、中国、朝鮮半島での日本による残虐で非人道的な行為は耳を覆いたくなるような話ばかりでです。

 日本が対米戦争に突入したのは、アメリカをはじめとする連合国による経済締め付け・圧力によって経済的に追い詰められ、座して死を待つよりはとの想いから真珠湾攻撃に踏み切ったのではないか。

 自らがそのような歴史を有する日本は、その開戦の判断が止むを得なかったのか、果たして正しかったのかどうかを総括する必要がある。

 今の北朝鮮も似たような状況に追い込まれようとしているのではないか?圧倒的軍事力を背景にした、アメリカ「ドナルド・トランプ(大統領)」の恫喝・挑発は、北朝鮮を暴発させる為かのようにも思えます。

 窮鼠・猫を噛むという諺がある。「北朝鮮に毅然とした対応を取る」と強調する安倍首相も含め、あまり北朝鮮を挑発しないでもらいたい。

 最近、北朝鮮を訪問した平岡秀雄・元法務大臣(元民主党衆議院議員)は『北朝鮮の核ミサイルは断じて許されるものではないが、【なぜ開発しているのか】というと【断首作戦】を含む米韓合同演習を目の前で見せ付けられ、核ミサイルしか自衛の手段がないと考えているからだろう。北東アジアで絶対に戦争を起こさせないようにするにはどうすれば良いのかを日本として考えるべきです。…』と主張している。

 アメリカが日本に落とした核爆弾、あんな恐ろしいことは二度とあってはいけない。今こそアイヌの言う「ウレシパチャランケ(育みあう議論)が必要な時ではないだろうか。

 話は変わるが、戦前のみならず戦後も朝鮮半島から多くの朝鮮人が肉体労働者などとして日本に渡ってきました。その中には一攫千金を夢見て来た者、日本に永住して結婚を夢みて来た者など様々な想いで、日本各地の道路工事、橋の立替、トンネル工事などに関わっていました。

 朝鮮の人たちは体も大きく丈夫な上、器用で勤勉な為、多くの工事現場で活躍したと見聞きしています。

 実際、私も昭和45年、今から50年ほど前の事ですが白糠町で林道工事があり、一年ほど朝鮮の人達と飯場暮らしで寝食を共にした事があります。正確には、20人位の南北朝鮮の人達と測量技師2人、人夫5人の日本人、アイヌの私は測量見習いで計28人ほどの共同生活ですが、朝鮮の人達中心の生活です。

 毎日、仕事が終わり夜になり、酒が入ると南北の意見の相違からか、罵声、物は飛ぶ、戦争のようでした。そんな中、憶えた朝鮮語がいくつあります。これはしっかりと頭に残っています。

 アイゴー(意味は分りませんが…)、アンギョ(眼鏡)、シゲ(時計)、コチョカリ(南蛮)、アボジ(お父さん)、オムニ(お母さん)でした。
極めつけは、ご飯以外の料理は何でも辛かった事を憶えています。

 飯場全員で28人中、私一人がアイヌだったが、何故か私の名前・二三夫(フミオ)を「フミヨ」と呼んで可愛がってくれた事が、朝鮮の人達との忘れられない良い思い出です。

 さて、10月8日(日)の北海道新聞の書評欄に『朝鮮人とアイヌ民族の歴史的つながり』石純姫(ソク スニ)著、寿郎社、2376円が載っていました。

 戦中、日本が植民地としていた朝鮮半島から、道内の鉱山や炭鉱に動員され、タコ部屋と呼ばれる事実上の監獄宿舎で、奴隷的な重労働を課された結果、過酷な扱いに耐え切れずに逃走した朝鮮人をアイヌがかくまい、追っ手から逃がしていたという内容です。

 著者は多数の聞き取りをもとに、逃がすアイヌ側にも身の危険を覚悟しなければならない時代に、こうした事例が相当数あった事実を紹介しています。

 早速、本書を取り寄せ読ませていただきました。私にとって身近な地元では、平取町振内と平取町豊糠のクロム鉱山での採掘、現在では岩田地崎建設(株)となってしまいましたが、地崎建設グループの下請会社だった川口組におけるトンネル工事での朝鮮人労働者の取扱いは、神をも恐れぬ非人道的ものであったようです。

 このような歴史の事実を私は知らなかった。我が無知を恥じ入るばかりで、自分自身に怒り心頭です。

 朝鮮人労働者が、過酷な労働環境から命がけで逃れ、アイヌに助けを求めた事、又アイヌ達も命がけでかくまい逃がした話は昔から言い伝えられていました。

 アイヌ・ネノアン・アイヌ(人である人)としての先人アイヌが取った優しさと思いやり、勇気ある行動の事実は、改めて世界の誇れるものと思いました。

 他にも日本人が子供を育てきれず、アイヌのチセ(家)の前に捨てたり預けたりした話は数多く聞きますが、日本人がアイヌを育てた話は聞いた事がありません。

 先人たちの「人(アイヌ)としての行い」に心よりイヤイヤイケレです。そして、この本を世に出してくれた著者・石純姫(ソク スニ)様にもイヤイヤイケレ、心よりお礼申し上げたい。

 一人でも多くの人々に、この事実を知ってもらう事が、今、世界中で争い・憎しみ合いが増え、愛が薄れてきている時代だからこそ必要なのではないでしょうか。

 最後になりますが、安倍総理大臣をはじめ現閣僚たちは、憲法第9条を改憲しようと目論み、選挙活動においては北朝鮮の核脅威論を誇大に政治利用しています。

 リスナーの皆さん、正しい情報をキャッチする為にアンテナを張り巡らし、誤った・偏(カタヨ)った情報に翻弄されないように選挙に臨もうではありませんか。

 木村二三夫の言いたい放題でした。イヤイヤイケレ。』


 話は変わるが、木村さんが最近、交流・連携を強めている道内の某地域のアイヌリーダーから、信じ難いような不法な行政行為が報告されている。真偽確認の上、近日中にお伝えしたい。
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2017/10/16

もう一つの日本文化(木村ニ三夫さんから北大総長に送付した質問文書)  文化・芸術
 本年7月23日のブログで、木村二三夫さんが本年5月に文科省へ出した問合せに対する実質ゼロ回答が届いて、木村さんは【アイヌ遺骨の「あるべき姿」を求める活動】を強める決意をした事を書いた。

 また、本年8月6日のブログで、木村さんは怒りまくっており、既に幾つかの強化行動を開始した事を書いた。

 強化した理由は単純だ。国、北大、具体的には篠田氏や常本氏などからはアイヌ遺骨の取扱いに係る考え方の変化、誠意などが感じられないからだ。

 事実、木村さんの行動はより積極的になった。以降にアイヌ遺骨の地域返還が行われた浦幌、北見紋別のアイヌリーダーなどとの連携は深まっている。

 木村さんは怒っているが、その行動は冷静な中長期計画に沿って進められている。今回はほぼ同時期にいくつかの行動が実施された。

 北大総長あての質問文書もその一つだ。本日11:25に文書配達が完了した旨のメールが日本郵便株式会社より私の携帯に届いた。
 恐らく明日も別の文書の配達完了メールが私の携帯に届くはずである。


<北大総長あての質問文書>
                                         平成29年10月13日


北海道大学総長 名和 豊春 様


                               北海道沙流郡平取町○○○○○○○○
                               木 村 二 三 夫


 貴大学における教育倫理綱領においては、教育の基本的目標を「…人権を尊重し、社会的要請に的確に対応しうる基盤的能力の育成を目指す」と定めている事に敬意を表します。

 さて、私、木村ニ三夫は、北海道平取町貫気別に住むアイヌであり、先祖は100年前の1916年、新冠御料牧場(当時)内にあった「姉去(アネサル)コタン」(日高管内新冠町)から50kmほど離れた上貫気別(カミヌキベツ/日高管内平取町)への強制移住を強いられました。
 
 更に、その地の墓地に埋葬されたアイヌは、貴大学による違法な発掘により遺骨6体が貴大学に収奪されたまま現在に至っております。

 私は、この日本人によるアイヌ遺骨問題については、平取アイヌ協会の副会長としての活動のほか、個人として、昨年12月及び本年5月に文部科学省大臣宛に質問状を送付し、回答いただいた文書については、友人の日本人によりネットでの公開を行うなどの活動を行っております。

 私は、貴大学の過去の所業、いわゆるアイヌ遺骨盗掘については許せるものではないと考えている一方、今後の貴大学の行動の如何によっては、アイヌとの和解も十分可能と考えるものであります。

 ついては、下記に掲げる私の率直な質問に対するお考えを確認いたしたく、よろしくお取り計らい願います。

                            記

1 質問
(1)地域への遺骨返還について、浦河杵臼、浦幌、北見紋別と裁判所による和解が相次いでいる。被告である貴大学は、これらの和解から自己の責任を総括し、今後は地域からの提訴を待たずに自ら地域返還を進めるべきと考える。この実施の可否。否の場合は、その理由を伺う。


(2)貴大学は地域への遺骨返還について、国のガイドライン待ちとの主張を繰り返し表明している。これは貴大学単独の判断なのか、それとも文科省の指導に基づく判断なのか伺う。また、貴大学単独の判断の場合には、地域受入の環境が整っている地域には早急に返還すべきと考えるが、その実施の可否。否の場合は、その理由を伺う。

(3)平取町に係るアイヌ遺骨については、アイヌ協会、行政、議会ともに、地域受入環境が整っているので、貴大学においては一日も早く返還すべきと考えるが、その実施の可否。否の場合は、その理由を伺う。

2 提出期限 
  平成29年11月15日(水)必着


3 提出先
  北海道沙流郡平取町○○○○○○○○
  木 村 二 三 夫

4 参考
(1)昨年12月の文部科学省大臣あて質問状
   2016/12/28もう一つの日本文化(配達証明付き「文部科学省に関する問合せについて」書留)
   http://fine.ap.teacup.com/applet/makiri/201612/archive

(2)本年5月の文部科学省大臣あて質問状
   2017/5/11もう一つの日本文化(「文部科学省に関する問合せについて・第2弾」) 
   http://fine.ap.teacup.com/applet/makiri/201705/archive
 
                                                   以 上


 多くの日本人には木村さんの要求が過激と感じられるだろうが、日本が2008年に受け入れた国連の先住民族宣言は、実態として先住民族を有する先進国、アメリカ、オーストラリア等をはじめとして国際標準、国際常識になっている。

 日本だけが国際常識に外れた解釈となっている。篠田氏や常本氏が先頭となって唱えているいわゆる「日本型先住民族政策」だ。国際的に通用しないこの立場は、核ミサイルにおける北朝鮮の立場といい勝負だ。

 さて、国連の先住民族宣言全体の解釈からすれば、木村さんはいわゆる穏健派だ。とても控えめな要望だ。

 その木村さんからの今回の北大総長への質問状に対し、北大側がどのような形であれ、内容的に「質問に対する有効な回答」をしない場合は、北大は過去の所業に輪をかけて「アイヌを尊重する意思はない」という新たな証拠を作ることになる。

 北大(国側)は、オウンゴールを重ねていることに気付いているのだろうか?
 外国人が現状の国側の対応を知った場合、「日本政府は、国連先住民族宣言を批准しているにも拘わらず、先住民族アイヌを弾圧している」と思うだろう。

 このような「先進国における先住民族への侮辱」は、第三者的な外国人から見た場合、国際的に許容されないだろう。北大(国側)の行動は、間違いなく国益を損ねている。

 木村さんは、自身の不利益を覚悟で行動している。木村さんのように自身の不利益を覚悟で行動しているアイヌは何人もいる。彼らのこういった行動は、他のアイヌや日本人、外国人の意識形成・変化に必ず影響するだろう。

 私も微力ではあるが協力していく。私のように微力でも行動する人が増えることを木村さん達は希望している。
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2017/9/26

もう一つの日本文化(浦川修さん・その2)  文化・芸術
 【浦川修さん】は、アイヌ木彫工芸家・浦川太八さんの甥のアイヌだ。
 彼は2013年7月に急逝し、私は2013/12/30のブログで彼のことを書いた。


 それから4年経った先日、彼のことを調べて私のブログにたどり着き、メール(コメント)を送ってくれた女性がいる。

 メールを読んでいただきたい。男冥利に尽きる内容だ。
 修さんが此処にいたら「俺って人気あるんだよな。」と自慢するだろう。修さんの得意そうな顔が目に浮かぶ。

 修さんは、私も含めていろいろな人の心の中では生きている。修さんへの供養の一つとしてご紹介する。

 <メール1>
 投稿日:Tue Sep 19 11:35:37 2017
 投稿者:○○ ○○

 おはようございます。突然、のメールで失礼いたします。
 ホロベツの浦川さん修さんの事か気になって葉書だしたいな元気かな?と思い探していてこちらの文章に行き当たりました。

 2013年の夏にお亡くなりなっていたなんて私には信じられません。
 初めてお会いしたのは2007/9/9新千歳空港のアイヌ民芸店で神戸へ帰るのに立ち寄り、木が好きな私は話に花が咲き素敵な木の時計と木の器を購入させていただきました。

 その時、関西の百貨店にも行くから連絡するからと住所を伝えていたら、葉書の案内がきたので元気な顔と声が聴きたくて、2008/5/23と2009/5/14あべの近鉄へお逢いしてはしおきや・スプーンやクマの彫り物やアイヌの刺繍のポーチを買わせてもらいました。

 私のお守りなんです。2010年の案内の葉書が来たときは用事がありいけなかったのが最後の連絡でその後音信不通で最近、気になって住所が書いてある葉書をさがしていたのですが見つからず、元気だろうかと気になっていて、こちらの画面をみつけました。

 悲しくてなぜ、もっと早く連絡しとけばよっかったんだろうもっと、話たいことがあったのにと悔やまれてなりません。本当にもう、この世にはいないんですか?

 <メール2>
 投稿日:Thu Sep 21 20:17:41 2017
 投稿者:○○ ○○

 私も北海道物産展で修さんに逢うのが楽しかったです。
 もっと早くに元気かどうか・連絡を取っていればよかったと後悔しています。
私も修さんに逢いたいです。


 <私からの返信メール>
 『○○ ○○ 様

 返事遅くなってすみません。日々の生活のための仕事が立て込んでおりました。
 さて、修さんの突然のご逝去に心を痛めているのは私も同じです。

 私にとっての修さんは、木彫り工芸家・浦川太八さんの工房や新千歳空港ビルでの工芸品販売、元浦川でのサケ漁などで10回〜20回ほどお会いし、お話した間柄です。

 ○○様も感じておられるように、修さんは本当に気さくな方でした。
 私も含めて、地元でも修さんを知っている人で修さんのことを悪く言う人はいません。

 修さんは、修さんと一緒にいるだけで気持ちが和らぐ特技を持っていました。

 修さんという人間は、知り合いや友達にはこまめに連絡し、困っている人がいれば、相談にのったりするといった「人間として懸命に生きたアイヌ」でした。

 私の知っている修さんはほんの数年間ですが、修さんだって決して順風満帆な人生を送ってきたのではないと思います。

 実際、私は修さんがいろいろなことで苦悩していたことを知っています。
 でも、修さんはそういった問題を抱えながらも誠実に生きていました。

 今回いただいたメールと、私の返信メールは、修さんへの報告を兼ねて私のブログに載せたいと思います。

 修さんのことを忘れていなかった人間が、また一人いたことの証としてブログに載せたいのです。

 私は修さんに報告します。【修さんのことを書いた私のブログを読んで、修さんに逢いたいって書いてきた女の人がいるよ。】

 そう知らせれば、修さんはきっと【いやー、○馬さんのブログは頼りになるなー。今度何かおごるわ。】と答えると思います。

 修さんは【人である人として】、【アイヌとして】きちんと生きた。
 それだけで十分立派だと思います。』


 さて、修さんの最後は、恐らくは本人も直前まで予想もしていなかった急死だった。
 修さんが最後の時に【自分の人生は悪くなかった】と考えたかどうかは分らない。

 だが、今回メールいただいた女性のように、修さんを損得勘定抜きで慕ってくれる人間が何人もいることは、彼は【人である人】として誠実に生きた証だと思う。
 *彼の死後も彼を慕っている人間は、私が知っているだけでも片手以上はいる。彼は今でも話題になる。

 私は心から羨ましいと思う。また、そういう友人を持っていたことを誇りに思う。

 蛇足だが、2013/12/30のブログについて補足したい。次の部分だ。

 『修さんと話をしていて、何回か言われた言葉がある。【○馬さん、アイヌって、そんな綺麗なものじゃないよ・・・】』

 この短い言葉には、彼の、アイヌとしての複雑な想いが重層している。

 彼は、彼自身も含め、仲間の数多くのアイヌと共に、日々の暮らしの中で悔しさをいっぱい感じていた。だが彼はそのことについての文句は言わないし、人(特に日本人)には見せない。

 【アイヌとしての悔しさ】とは、一言で言えば日本人によるアイヌへの差別だ。
 差別は形となって見えるものと見えないものがあるが、やはりアイヌへ大きな影響を与える。例えば金銭的な豊かさ、学歴、生活の余裕。そういった結果が、アイヌどおしの諍いの原因になることもある。

 そういった深く重い実態を踏まえた言葉なのだ。
 修さんはそういった重たいものを背負いながらきちんと生きた。表面だって日本人を糺すことはしなかった。それもアイヌの生き方の一つだ。立派なアイヌだった。

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 サケ漁での修さん


※9/28追記
 今回ブログの切っ掛けとなった女性からのメール(コメント)がありました。

*コメント欄で掲載すると個人が特定される恐れがありますので、本文中でご紹介します。

<いただいたコメント>2017/9/27 20:28
 お兄さん、ありがとうございます。
 親切にお返事や修さんの写真を私に伝えてくださり、とても嬉しく、感謝いたします。

 20日に修さんから頂いていた名刺がお財布から出てきて、ホロベツ民芸のおじさんに葉書を書き、神戸から飛行機とれたので10月31日おじさん来てもいいよって言ってくださったので、行って来ます!!

 修さんが見てほしかった浦河の景色や郷土博物館も目に焼き付けてきます。
 浦川のおじさんの作品もおじさん居なくなったら、もう買えないので気に入ったものがあったら買って帰ります。

 修さんは悪いカムイが取りついたのでしょうか。アイヌの生き方・精神が好きです。
 全てのカムイに感謝し、民族としての誇りを大切に一生懸命、誠実に生きている。

 私たち和人・シャモが悪いのです。
 アイヌの土地・言葉・風習を奪い、だまし討ちし差別したのは私たち和人です。なぜ、同じ人間なのに仲良くできないのでようか。

 最近、修さんの事を思い出しては、悔しくて悲しくて、泣いていたので嬉しかったです。
 「ホロベツ民芸に行ったら、いいのあるよ〜」って言ってくれそうな気がします。

 私もあの世へ行ったらまた元気な修さんに逢えるのでその時まで楽しみにしています。
 私はヨボヨボの意地悪ばあさんになっていますが。 私がわかるかなぁ!?
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2017/9/6

もう一つの日本文化(アイヌ遺骨返還へ向けた国際メッセージ第2弾、ほか)  文化・芸術
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 8月6日のブログで、アメリカ人男性の木村さん宅訪問を紹介したが、8月23日には中国人女性による木村さん宅訪問が行われた。

 例によって、木村さん宅で夕食をいただきながら、4時間以上の滞在となった。当然ながら、北大によるアイヌ遺骨の盗掘、長年に渡りアイヌ人権を無視している人類学者の話、現在のアイヌ遺骨返還の状況などの話が出た。

 実は、その中国人女性は、当ブログに2回登場している。参考までその部分を紹介する。

@2014/7/27【・・中国人の友人と共に浦川太八さんを訪問し、楽しいひとときを過ごした。・・・熊の手(生肉)をいただいた。・・・私は左手、中国人の友人は右手をいただいた。・・・】

A2015/7/30【・・・昨年8月末に、私、そのアイヌ女性、私の友人の中国人女性の3人で、太田シモ媼(フチ)の軌跡を巡る旅を行った。】

 この[太田シモ媼(フチ)の軌跡を巡る旅]とは、明治中期以降、空知地方の石狩川沿いに住んでいたアイヌが、日本政府により[新十津川のウシツベツコタン]に強制移住させられ、その後、そこが市街地として発達してくると、そこを追われ、[農業にも不適な奥地]に再移住させられた事などから、人生を翻弄させられたアイヌ女性[太田シモ(アイヌ名:コウンテカン)媼]の居住地移転を辿った旅である。

 具体的には、@深川のイチャンコタン跡、A雨竜のフシコウリウ(フシココタン)跡、B新十津川のウシツベツコタン跡、C新十津川のワッカウェンベツコタン跡の4か所を巡ったのであるが、実際に巡ってみると、日本政府(日本人)がいかにアイヌに対し過酷な仕打ちをしたのか、つまり、アイヌが住んでいた元々の土地を取り上げ、農業にも適さない山奥の土地に追いやった事実が実感できた。

 私は3年前、この中国人女性が、こういった事実にとても憤っていた事を憶えている。
 日本政府は、中国人に対し、731部隊のような酷い仕打ちをしただけでなく、同じ日本国民であるアイヌに対しても酷い仕打ちをしていたという事実に驚いてもいた。

 彼女は、今回、木村さん宅を訪問し、【日本政府が、今でもアイヌに対する不当な行為を続けている事、具体的には、北海道大学などがアイヌ墓地から盗んだ遺骨、違法に持ち去った遺骨を返そうとしていない事、今後においてもアイヌ人権を無視したままDNA研究を進めようとしている事】を知って驚き、怒っていた。

 @アイヌ遺骨を取り巻く事実、Aこの不正は正されなければならないという認識、B盗んだ遺骨は返せという木村さんの考え方、この3点において、木村さん、中国人女性、私の3人の認識は完全に一致した。

 木村さんからの熱い語りかけもあり、彼女は木村さんに全面協力する旨表明した。
 *私の書いた中国語が誤っていて、彼女から訂正を受けました。すみません。

 国際常識の先住民族人権を理解できない【篠田】という分子人類学者と、【常本】という北大教授は、国際的に知名度が上がることになる可能性がある。

 もし、このブログに書かれている事が[事実無根]であると思われる方がいれば、このブログの下段のコメント欄を利用してご意見をいただきたい。いただいたご意見はコメントとして公開の上、このブログにおいて回答差し上げることとしたい。

 なお、木村さんは、文科省の回答文書以来、国(政府)と北大、具体的には篠田氏と常本氏などに対する怒りは増している。なぜならアイヌ遺骨の取扱いに係る政府の考え方の変化、誠意などを感じられないからである。

 現在、木村さんは、チャランケ(対話)も含め、【あるべき姿】に向けての行動を強化している。国や北大、篠田氏や常本氏などが【人である人】の行動を行わない限り、木村さんの行動は止まらないだろう。

 さて、FMピパウシの「木村ニ三夫の言いたい放題」の草稿2回分の紹介して、今回のブログは終わりとする。
 *草稿段階のものですので、大幅に変更となる可能性があります。

FMピパウシ・木村ニ三夫の言いたい放題 9月草稿

 今、世界中の人々から愛が離れていくような、そんな気がします。いつの事だったか、時々エホバの証人の伝道者が我が家に立ち寄り、色々な話を聞かせてくれました。

 中でも興味深い話を私は今でも忘れません。世の終わりが近づくと、人々の愛が薄れ、地震、津波、異常気象による水害、世界中で紛争が起きると言っていたことが思い起こされます。今がその時なのかもしれません。

 FMピパウシ・リスナーの皆さん、イランカラプテ。
 木村ニ三夫の言いたい放題の時間です。

 今日もまた、シンプルに吠えてみます。【盗んだ遺骨、違法に持ち去ったアイヌ遺骨は元に戻せ、環してくれと!!】人の物を盗む、違法に持ち去るのは、どこの国でも犯罪行為ではないのだろうか。なぜ日本では、盗んだアイヌ遺骨に対してそれが適用されないのか。

 こんな当たり前のことができなくて、こんなことで、北方4島を返せとか、尖閣諸島、竹島は日本の国、固有の領土だと、ロシア、中国、韓国に対して何処を押したらそんなことが言えるのか。

 盗人猛々しいとはこの事だろう。こんな身勝手な話には呆れるばかりだ。

 FMピパウシ・リスナーの賢い貴方達なら分かるはず。何が正しくて、何が悪なのか。この言葉は何度でも使うが、【人である人】としてリスナーの皆さんにも力を貸してもらいたい。そしてアイヌの歴史を勉強して一緒に吠えてもらいたい。私達日本国の未来の為に。

 先日、北海道新聞での【アイヌ新法についての質問】に、“菅”官房長官の記事が載っていた。アイヌへの奨学支援、生活支援について長官はこう答えていた。【日本国憲法第14条】法の下、国民は皆平等であると言わんばかりのコメントだった。

 だが、歴史事実としてアイヌに対してはそんなことは言えない。アイヌモシリを略奪、植民地支配の下、人権・尊厳・文化を奪ってきたあげく、遺骨をも奪い研究するという神をも恐れぬ非人道的行為をしてきたのだから。

 日本人は、アイヌへの差別、偏見、不平等の上に胡座をかいてきた歴史を有している。憲法上の平等を「盾」にアイヌ新法を退けようとする“菅”長官は官房長官という職務を担う方の言葉とは思えない。誠に歴史認識に欠けた恥ずかしい発言ではないだろうか。

 歴史認識に欠けた行動は、北方四島“元”島民の方々の四島返還活動にも言える。返還を求める気持ちは痛いほど分かる。この活動に高校生が関わっているのを新聞・テレビで見るが、将来ある若者に北方四島の先住者、元々の住民はアイヌであると正しい歴史の事実を教えてあるのか?島民の為正義感に燃え戦っている若者だけに、その行く末が心配だ。

 最後になるが、日本政府は沖縄の米軍基地に対して、思いやり予算として随分金を使ってきたようだが、アイヌ達は日本政府により全てを奪われ強制同化させられてきた。

 このスタートラインの差が、今なお生活水準、教育水準の遅れとなっている。政府中央の偉い人達よ、アイヌ達にこそ特別な思いやり予算が必要ではないだろうか。

 木村ニ三夫の言いたい放題でした。 イヤイライケレ。

FMピパウシ・木村ニ三夫の言いたい放題 10月草稿

 アメリカ大統領にドナルドトランプが就任することで、私の懸念していた事が現実となった。それはオルトライト、白人至上主義者達の台頭である。今、全米でオルトライトに対する抗議、デモが繰り返されている。

 FMピパウシ・リスナーの皆さん、イランカラプテ。
 木村ニ三夫の言いたい放題の時間です。

 南北戦争(1861〜65年)で黒人奴隷制度存続を唱えていた不道徳なリー将軍達が英雄と賞賛され、建てらた銅像について、撤去か維持かで問題となっている。「各地」で撤去が相次いでいる。

 トランプが当選したときは、アメリカ国民は相当病んでいると思っていたが、やっと目を覚まし良識を取り戻してきたようだ。

 残りの銅像も早く撤去してもらいたい。そしてこの正義の嵐が日本にも飛んでくることを期待する。
実は日本でも同じような銅像がある。

 帝国大学時代に沢山のアイヌ遺骨を盗掘、違法な行為で集め、研究してきた不道徳な学者である東京大学医学部の小金井吉清がアイヌの研究を賞賛され銅像となっている。

 小金井吉清は、アイヌの頭骨と思われるレプリカを手に掲げており、東京大学医学部のどこかに建てられている。

 これは、アイヌを侮辱、尊厳を踏みにじる何ともふざけた話である。この話を研究オンリーの人類学者・篠田謙一氏に指摘したことがあるが、彼はこう答えた。

 『銅像がある事で歴史を語り継いでいけるのでは』と。同じ学者を擁護するような無責任な発言だった。同じ穴の狢だと感じた。学者としての道徳、歴史認識、教養、また想像力を著しく欠如した話だ。このような男が日本では人類学学者団体の代表者だということが、世界に対して、何とも恥ずかしく思えた。

 このような者達が、アイヌ遺骨研究の必要性を説こうとするのだから、説得力が見えてこないのも当たり前だ。そして、その学者たちを後押ししようとする道アイヌ協会の幹部達には呆れるばかりだ。

 もっと目を開き、耳を研ぎすまし【嘘のアイヌ〜スンケ・アイヌ】ではなく、【人である人〜アイヌ・ネノアン・アイヌ】として、多くのアイヌの声を聞き、この遺骨問題に関わってもらいたい。

 一体化の為とか、色々な理由を付けて白老に集骨しようとしているが、研究目的である事は明々白々である。道アイヌ協会関係者よ。後々に禍根を残さない為、我々の子孫の為に良識ある対応を望む。

 最後に一言。私の友人の知人であるアメリカ人は、我が家を訪れた時こう言っていた『トランプ政権は、一年は保たないだろう』と、不道徳な者の春は長くは続かない。私はそうである事を願いたい。

 木村ニ三夫の言いたい放題でした。イヤイライケレ。
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2017/8/17

もう一つの日本文化(大英博物館から貝澤徹さんへの制作依頼、ほか)  文化・芸術
 8月10日、北海道新聞(夕刊)に【新作アイヌ木彫り、大英博物館へ 平取の貝沢さん制作 来年にも展示へ】の記事が出た。

 『独創的なアイヌアート制作で知られる日高管内平取町二風谷の工芸作家貝沢徹さん(58)が、英国の大英博物館に新作の木彫り装飾を出品することになった。・・・』(記事抜粋)

 大英博物館には、1933年から二風谷に住み医療活動を行い当地に没したニール・ゴードン・マンロー博士(医師、考古学者、人類学者)が1907年頃、二風谷など平取で収集しイギリス(スコットランド)へ送付した工芸品が収蔵されている。

 浦川太八さんが2008年に制作した写し(複製品)があるのでご紹介する。
 本歌(オリジナル)は見ていないが、すばらしい出来映えだ。

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 同博物館に現代アイヌの作品はない。今回、徹さんが制作する工芸品も負けず劣らずの素晴しい作品になるだろう。
 徹さんの作品は、来年10月の同博物館のリニューアルに合わせて展示されるという。大変楽しみだ。

 今回の話は、8月1日、前回(8/6)のブログで紹介したアメリカ人と共に徹さんを訪問した際、お聞きしていた。
 
 *このアメリカ人と共にアイヌ訪問を行ったが、彼はアイヌ及び先住民族に関する教養(知識)をかなり有している。聞けば、大学や州の仕事をしていたとのこと。

 徹さんが納める作品は、コタン・コロ・カムイ(フクロウ)が卵からふ化する場面であり、[identity]の立体版ともいえるものだ。先日の訪問では、ミニチュア版の制作中作品を見せてもらった。

 さて、今回決定した同博物館からの制作依頼だが、2年ほど前に打診があった事も当時お聞きしていた。

 徹さんの作品は、その数年前から、海外数カ所の博物館・美術館で展示等されており、特に、2013.05.17-09.02、カナダ国立美術館で開催された作品[identity]は高い評価を得ていた。
 *2013/8/29のブログ参照

 私は、2009年から、Flickrというアメリカの写真投稿サイトで浦川太八さんや徹さんなどの作品を紹介してきた。

 理由は、@英語サイトでないと、英語での検索で引っかからない、A一眼レフで撮影した画素数の多い画像でないと、作品の細部の完成度の高さが確認できないからだ。アイヌ文化を世界に発信するには、英語での発信は不可欠だ。

 参考までお二人の作品サイトを紹介する。
 <浦川さんサイト>
 https://www.flickr.com/photos/pirika-makiri/albums/72157622974401479
 <徹さんサイト>
 https://www.flickr.com/photos/pirika-makiri/albums/72157623099642792

 もし、徹さんの海外展示等に私のFlickrサイトが役立ったのであれば光栄な事だ。
 ともあれ、今回の徹さんの名誉は私にとってもおおきな喜びだ。

 さて、話は少し変わる。
 こうして、私の友人・徹さんの作品が大英博物館に展示されることになったわけだが、実は、実は我家では、妻の知人の作品が大英博物館に展示されている。

 私の妻は37年間、月2回、書を学んでいる。その師の作品が展示されている。
 その名は【小川東洲】氏、北海道深川市出身の書家だ。1982年、ボストン美術学校の教授と、ハーバード大学の客員教授を務めた。雅子妃殿下は教え子の一人である。

 *妻によれば、東洲氏は他にもオランダ・ライデン大学講師などを務めている。東洲氏が日本不在時は、高弟が指導したとの事。

 妃殿下との縁もあってか、1989年の昭和天皇崩御の際は、【天皇崩御】と【昭和天皇大葬】の題字を書いた。

 東洲氏の大英博物館への展示(4作品)は1991年。
 大英博物館においての東洲氏の書への評価は高かったらしく、1998年、大英博物館主催する初の書展【小川東洲 書の芸術展】が4ヶ月間、開催された。

 ということで、夫婦ともに知人の作品が大英博物館にあるので、今度、見に行かなければと話している。お金を貯めて見に行きたいと思う。

 さて、最後になるが、前回、今回のブログに登場しているアメリカ人が、本日、北海道を離れ東京へ向かった。昨日、お礼のメールが来ていたので紹介する。

 『Re: Konnichiw
 ○馬さん
 こんにちは。明日東京に行きます。

 私の日本語はわかりづらかったと思いますが、色々な場所に連れて行ってくれて、アイヌの人達を紹介してくれて、お陰で様々な体験ができました。

 ○馬さんには本当に感謝しています。それから、奥様に本当の茶室でお茶を入れて頂きありがとうございました。素晴らしかったです。

 そして、うらかわさん、かいざわさん、きむらさんの温かいおもてなしもとても嬉しかったです。

 ところで、先週行った居酒屋はアイヌ飾りのディスプレーや料理があり、面白かったのでご紹介します。
 料理も全て北海道産で美味しかったので今度ぜひ行ってみて下さい。
 https://kitagunino.owst.jp/

 それからYoutube で二つのアイヌプロジェクトのビデオを見つけました。あまり高画質ではありませんでしたが面白いです。
 https://www.youtube.com/watch?v=8UBJek1JVC4
 https://www.youtube.com/watch?v=aYm3N9sT-bA

 それではまたいつか会えるのを楽しみにしています。
 ○○○○○○○○に来る時には連絡して下さい。

 ○○○○』

 彼のSNSも紹介する。
 Makiri - An Ainu knife. Was able to check out a friends magnificent Ainu crafts collection in Sapporo.

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