ベルリンの壁が崩壊してから20年、つまり当時7歳。
おぼろげにその記憶はあるものの、もちろんそのころはその事象の持つ意味を理解し得るはずもないし、全く興味もなかったです。
今でも、背景なんかは理解できないものの、それでも最近東欧の現代史を目にする機会が多く、興味を持つようにはなりました。
興味を持ち始めたのはやはりよく目にするなァと気にし始めたから?!
ちなみに、東欧現代史を身近に感じ始めたきっかけは、サッカーの元日本代表監督である、イビツァ・オシムについて書かれた『オシムの言葉』であり、漫画『モンスター』。
たぶんそのきっかけがなければ、少しなりとも興味を持つこともなく、遠い世界の出来事だったのだろうと思う。
自分が興味のある物語の中に落とし込まれることによって、それまで関心がなかった、あるいは関わることがなかったものに興味を持つ、そういう意味で本は自分にとって“壁”を無くしていく、あるいは低くしていくための一つの重要なツールだなぁとつくづく思う。
多くの人が“壁”と聞いて思い浮かぶ本といえば、安部公房の『壁』か養老孟司の『バカの壁』でしょう。
でも個人的にはそのどちらとも縁がなく、すぐに思い浮かぶのはやはり『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』です。
さて、東欧における歴史の中で大きな意味を持ったものは、“共産主義”や“民主主義”といった、思想らしい。
それらについては、大学できちんとした講義を受けて学ぶようなものだと思うので、輪郭ぐらいしかわかってないと思うけど、少なくともそれらの思想について、考えを巡らすぐらいにはなってきた。
そして、自分に関わりがあるところで、政権が変わり、この国が良くなるかならないかということにおいては、誤解を恐れずに言うと大して変わらないだろうと改めて思った。
ある意味においては幸せで、本当にそれを欲している人はそれほど多くないんじゃないだとうか。
よく政治に対して苦言を呈しているところを目にするけれど、例えば選挙に行って1票を投じた、それだけであとは良くしてくださいというのはどうかなというのが自分の考え。
もちろんそれが政治家のお仕事ではあるんだけれど。
だからといって、自分で何か行動を起こしてまでということは、現時点では思いません。だから何も偉そうなことは言うまい。
そう、最近の自分の悩みは“欲して”いないこと。
もちろん人に比べて、多くのものを得ているということはないけれど、それでも本当に欲しいものは何かと思うことがあり、それがそんなに浮かんでこないことが悲しかったり・・・。
と前置きが非常に長くなりましたが、東欧の歴史にも関連のある、『プラハの春』を読了しました。
おもしろそうだなぁと興味を持ち、ほぼ月一恒例の、本の大人買いでだいぶ前に本棚にはやってきていたものの、いざ手に取るまでの若干の抵抗感で後回しにされていた本書。
件の背景もあって、ようやく手に取ってみると、うん、おもしろい!
予備知識が特になくても、美しくも物悲しいイメージの街に隠された背景や、複雑な状況下での外交官の恋愛、エネルギー溢れる、しかし理知的な人々の物語、いろんな読み方ができる、かなり“進んでいく”本でした。
真面目に考えていたら、なんだかお腹が減ってきたのでこのへんで。
因みに、この『プラハの春』だけでなく、前置きにあった本もかなりお気に入りばかりなので、良ければぜひトライしてみてください。
プラハの春/春江一也著 (集英社文庫・上下計P932・1,440円)

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