活源-活力のススメ-

「ショウジョウスタイル」の活源こと久保了一と悟空と杉ちゃんとおちあいの話です。

 

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投稿者:katsugen
でも魂も生きている人間が作り出した言葉であり、ただ僕らが求めている憧れではないでしょうか。目に見えないものを感じる事は音の中でもありますが、存在して欲しいとは思ってもこの世を捨てた人達に必要な事柄にはどうしても思えません。それを他人が決めつける事はとてもよくない事だと思います。人が死んだら無力だという事ではなく人の死に対して周りは無力である事は僕の亡くなった方々への敬意を含んだつもりでいます。だからと言って何もしないと言う意味でもないんですよ。死をもって救ってくれと言った人間に対して僕が今考えられる事になります。

http://fine.ap.teacup.com/katsugen/
投稿者:Hana〜*
エゴとは何か。何を持ってエゴと言うのか…
人は何かと理由をつけたがります。
何かをした時、された時、何か大義名分がないといけないかのように様々な言葉を並べますが、結局あるのは事実だけです。
それを認め、受け入れる事だと私は思います。
人は弱く、傷ついています。そんな自分を無視し、人を批判する事など出来ません。同じ人間です。誰しもが持ち合わせてるものです。真実は一つですから。
投稿者:katsugen
なるほど。そういう方向は生き残った者のエゴに捕らえてしまって複雑な心境でしたが、決して失っていないと思う事もとても大切だと納得しました。忘れる事と亡くなる事は大きく違いますね。

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投稿者:Hana〜*
決して無力ではありません。自ら命を裁ってしまった人の魂は、涸れる程に涙を流し、これ以上ないほどの深い後悔で包まれると言います。けれど、自ら命を裁った人の魂は、物質世界ではないところに助けを求めていたのかもしれないとも言います。
その行為の善悪を問うのではなく、その方々を理解し、愛と共感で心を満たす事で、苦しむ魂を救う事が出来ると言います。
残された方々は、決して無力ではありません。
彼らを優しい気持ちで包み込み、祈り続ける事が出来ると…