今年に入って2人知り合いが亡くなりました。それぞれ理由があったのですがその理由が正しいにせよ、間違っているにせよ、世の文化人が言うように「死にたい奴は死ねばいい」とはどうしても考えられません。いつも死と向き合っているわけではありませんし目の前で死を見た事も今はありません。人の死に、人はとても無力になります。死と向き合う事がなくなった時は多分僕が死んでしまった時だと思いますが、日本では切腹にしろ認められていた事が欧米文化と共にないものとして植え付けられてしまったところはあると思います。でも百人一首の中に死を哀れむ詩が多いのはきっと死と向き合う事が今も昔も変わらない距離であったからなのだと思います。
