2008/9/26

御受難会日本準管区 会員ための恒例の黙想会  毎日の出来事

玉名の真命山・霊性交流センターから ザビエル会フランコ・ソットコルノラ神父を迎えて会員ための黙想会が売布の宝塚黙想の家で行われた。若い会員が増えて会の伝統について、特に黙想会の指導や十字架のカリスマについて、イタリアでの神父の印象や体験を交えてゆっくりと聖体と十字架の神秘の関係をテーマに黙想を指導された。神父は、イタリア北部のベリガモ生まれで、11歳で小神学校に入ったが、そのときの指導司祭は聖ジェンマと小学校で同級生だったため、毎日毎日聖ジェンマの話をしたので、伝記や日記に通じているとのこと。そのためわたしたちの年の黙想は大変御受難会の使命やカリスマを再考してみるよい機会となりました。神に感謝! 神父様に感謝!

 以下は、黙想の主題とは関係はありませんが、私の余談です。
 
 その小学校の聖ジェンマの先生は後に福者となったシスターグエラで、聖レオ13世に聖霊の回勅を書くように願ったことで有名になりました。新しい世紀にあらたな聖霊降臨を願う準備の祈りは、その後の20世紀の聖霊降臨の数々の驚くべき出来事をもって答えられたと考えるべきだろう。1900年にホーリネス教団からペンテコステ派が生まれ、多くの教団がペンテコステの体験をして刷新し、そしてカトリック教会では、数々のカトリックアクションが生まれ、第二バチカン公会議を迎えた。その後、カトリック教会にもペンテコステの体験が報告されるようになり、公会議の実りの一つとして信徒の奉仕の賜物があふれるようになった。21世紀のいま、その希望と信仰と愛の芽が成長できるかどうかの瀬戸際ではないだろうか?

 カトリックの神秘体験は、聖ジェンマのような内的な体験を典型的な聖性の恵みと考えた。彼女はイエスの苦しみにあずかり、イエスのこころ(心臓)が自分の心臓と取り替えられたような神秘体験を持った。一瞬でも神さまのことを忘れることは耐えられないほどの罪を感じた繊細で純粋な心の持ち主でした。イエスともにに苦しむこと、それは世の救いのため愛による忍耐を求められます。

 今日9月26日は聖シスターファスティナの70周年を記念してノベナが始まる日でした。彼女もまたイエスの御受難の実り、神のいつくしみを述べ伝える宣教者として召されました。ヨハネ・パウロ二世によって21世紀のはじめ、2000年4月30日にシスターの列聖式が行われ、「慈しみの祭日(復活祭第二主日)」の制定が決められました。地球温暖化に伴い、50年後に人類の危機は頂点に達するという21世紀、わたしたちは、今こそ、人類が悔い改めてノアの洪水の再来をとめ、人類の知恵と愛の共同体によって「いつくしみの世紀」が実現するように生活を見直し、かつ祈らなければならないでしょう。
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