よく「変」と間違えることがありますが、「恋」ってなんでしょう?
人を好きになることを恋というのか、人を好きになっていることを恋というのか。
それならば、友達を好きというのと何が違うというのでしょう?
同姓の友達を「好きだなぁ」とあらためて思ったのは恋なのでしょうか?
今まで恋人がいなくても大丈夫だった。一人でも平気だった。
それが何故、今は一人では平気だと言えなくなってしまったのでしょう。
「あなたがいないと生きていけないの」
そんな台詞は言えないけれど、決して否定することができなくなってしまった自分。
きっといなくてもどうにかなるんだろうけれど、その時のことを考えることすら恐ろしい。
恋の病、まさに病と呼ぶにふさわしいですね。
なんて恐ろしいことか。お医者様でも草津の湯でも治すことができない、ある種究極の病です。
いつになったら治るんでしょうね、これは。
この話はきっとまだまだ続きます。
でも、今のところはここまで。
『独占欲』……ってやつがあります。
「相手は自分のもの」
「他の人には渡したくない」
「自分だけを見ていてほしい」
よくある話です。実際私もそんなことを思ったことありますし。
でも、相手は自分の『物』ではないんですよね。
そして、自分も相手の『物』ではありえない。
そこには一個人として、自分がどのような存在であるか……まあ、アイデンティティというやつがあるわけで。
いくら恋人であろうとも、家族であろうとも、自分は自分。相手は自分ではありえない。
そのあたりの線引きというのは大切なのではないでしょうか。
空を飛ぶ鳥が空を飛ぶことを許されなくなったら、道を走る車が道を走ることを許されなくなったら。
それと同じようなものだと思うんです。
自分は自分である。それと同じことが相手にも言える。
貴方が好きになったのは誰なのか?
少なくとも自分のためだけに生きる奴隷ではないと思いたいものですが、どうなのでしょうか?
愛は与えるもの。
果たして万人に対してそれは当てはまるのでしょうか?
私は大多数の人にそれは当てはまらないと思うのです。
与えるから与えられる。
与えられるから与える。
恋なんてそんなもんなのかな、と思う今日このごろ。
与える物はなにも形のあるものだけとは限らないんですよ。
愛情や安心感だって立派な取引材料(語弊がありますが)。
だから、恋は欲張っちゃいけない。 取引は更正であるべきじゃないのでしょうか。
あなたは、相手からもらうだけになっていませんか?
受け取るものがなくなったとき、あなたは一体どうするのでしょうか……?
恋の行き着く先には何があるのか?
結婚?
それとも別れ?
どうなんでしょう。
私は恋に終わりはないと信じたい。
結婚しようと恋心は、恋をしているときの心は忘れてはいけないもののような気がします。
婚姻届なんて所詮紙切れに過ぎない。
気持ちが冷めてしまえばそんなもの関係ない。
「離婚届」という名の紙切れに判を押してはいおしまい。
子供ができようとそれは変わりない。
だからこそ。
『恋人』という幻想にまどわされず。
『夫婦』という言葉に甘えることなく。
お互い新鮮な気持ちで、相手のことを尊重してつきあっていきたいものです。
「そんなものあるのか?」
そう言われる方もたくさんいることでしょう。
ですが、私はこう考える。
人の話を聞く才能や、人を惹きつける才能があるならば『恋をする才能』があってもおかしくはないだろう、と。
『恋をする才能』にはいくつかあって、『恋を見つける才能』『恋を楽しむ才能』『恋から何かを学び取る才能』というものがあると思うのです。
それをまとめて『恋をする才能』と私は呼んでいます。
私には二つ目の才能しかないようですが、全ての才能を持つ『恋をする才能がある人』という人もいるだろうし、『恋を見つける才能』がほとんどないけれど、『恋から何かを学び取る才能』はあるという人もいるでしょう。
では、才能がなければ恋はできないのか?
いいえ、もちろん才能がなくても恋はできるでしょう。
ただ、才能があると人とはちょっと違う恋ができたりするんだろうな、と。
だから探してみませんか?
自分の周りにいる才能のある人を。
新しい発見があるかもしれませんよ。
そのことによって不快な思いをすることもあるかもしれませんが、ね……。
告白された方が長続きするとか、その逆だとか。
私は両方ありますが、その結果自分が果たしてどちらに向いているのかなんとなくわかった気がします。
「告白しよう」
そう思った時点で私は恋に堕ちていて、私はその相手に盲目になっている。
良いところも悪いところもすべてが光り輝いて見え、私の中の乙女な部分はきっと「この人こそが運命の人に違いない!!」とか思っている。
いつもの自分なんてどこかに閉じ込めてしまっていて、周囲の忠告なんて聞こえやしない。
そんな状況で正しい判断(この際何が正しいかはおいておくとして)がくだせるはずもなく。
あとから気付くのです。相手の嫌なところに。
そして、その嫌なところは何十倍にも拡大されて見えてしまう。
嫌だねぇ、まるで逆恨みじゃないか。
逆に、告白されると私は警戒します。
一度は天高く舞い上がるものの、しばらくするととたんに猜疑心が込み上げてくる。
「からかわれていないか?」
「この人はただ単に惚れっぽいだけじゃないのか?」
「実は友達と賭けをしていて…(以下略)」
いや、出てくる出てくる。
自分の想像力というやつに拍手を贈りたいくらい出てくる。
そんなこと実際にあってたまるか、というようなことまで考える。
でも、やっぱり告白されると嬉しいからとりあえず仲良くしよう。そのうちボロが出るかもしれないし。
……とか、そんなことを考えて私は恋をエンジョイしているのです。
たまに自分の恋愛歴を振り返ってみるとなかなか楽しいものですなぁ。

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