告知から、5/11(日)は昼夜共に営業します。
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昨日レコードプレーヤーを入れて3ヶ月ぶりくらいにレコードかけたかな?
凄い生きていてシアワセダーと感じてしまった。
昨日はジャズで
「ベニーグッドマン」のカーネギーホールのLP
本当に凄い。まぁこの凄さは有名なので分かる人には自分が語らなくても分かるのだろうが、自分の変わった見方から行くと、聴衆の質がもの凄く高い。ラスト数曲の所で「SING SING SING」なんだけど、あれだけ拍手喝采だった観客が、ピアノソロの時には全くしーーんと。レコードからでも音に聞き惚れている情景が浮かんで、これってレコードだから感じられることでCDからは感じられなかった音の近さというか波動というか。
まぁ「まじっくきっちん」に来ていただいて「聞かせて」と言えばかけますので・・・
その後「マルウォルドロン」のピアノソロ。メジャーじゃないけどビリーホリディのバックで弾いていた人。
何故かこのLPを聞くと感情が高ぶる。
決して特徴というかずば抜けた特徴ではないのだけど、言い方変えるとメインを崩さない弾き方かな。
しかしこの人の左手で奏でる音は力強い。
繊細でかつメインを絶対に壊さない音を奏でながら、その力強い左と繊細な右の手で「レクイエム」を奏でているような。それが感じたときになんだろう自分の感情が支配されてしまったというか完全にその音とレクイエムに引き込まれる自分がいて、だから仕事中には聞かないようにしているのだが。
運が悪いことにちょうどその時点でお客様がいらして、すぐにポーカーフェイスに戻したので事なきを得たけれど
「参ったな。音につられてお酒のみに来たんだけど、音楽で頭いっぱいになりそうだ。」
とカクテル1杯で2人で聞いていましたね。
初めてのお客様で年齢もかなり上だったけど、音楽の先生をやっていた方らしく
「いや、凄いタイミングで入ってきたなぁ。」
とあまり言葉も発せず音楽を聴いていました。
曲も終わりかけた頃
「マスター、これ聞いて泣いてなかった?」
涙は流していないのでばれていないはずだけど、心で泣いているのはばれていたのかな。
「ははは」
としか言えなかった。
「若者も捨てた物ではないねぇ」
とポツリしみじみこぼした言葉でなんだか「生きていて良かった」と感じる自分がいて、その方のそのこぼした言葉が妙に頭に残っていた。
「今、この音楽を自分は誰と聴きたくて、誰と聴けるのだろう」
そう考えると切なくなってくる。
今はきっと変なベクトルが強くなっているからだとは思うけど、感受性が恐ろしく高い。
それを過ぎると感じなくなるのだろうが、ある意味自分の内心を自分自身で見てしまうのには怖すぎるけど出来る時期なんだよね。
それ見ちゃって自分のやせ我慢や押さえ込んでいるものが分かっちゃうんだけど、臆病に臆病になってまた押さえ込んでしまう。
親友に「チーフは機を逸した感じ」と言われ、なんとなく「ああ、その機とは歳を重ねると自然に押さえ込んでしまうこの感情の事なのか」と妙に納得してしまった。
その後「キースジャレット」のケルンコンサート聞かなくて良かったよ。それ聞いていたらきっと自分立っていられなかっただろうね。
さて今日はどうするかなぁ。ちょっと本気で聞く音楽は危険だ。
「森山良子」「ハンクウイリアムス」「フランス映画音楽」あたりで、仕事終えたらちょっと「上月晃」の雪が降るとかグラナダあたりで涙して今日も感謝しますかね。
かなり感受性強いのはリスキーでもあるけれど、最近いい時間が過ごせているなぁと思う。数年前の自分では絶対に持てなかった感情や思考で、俺ってシアワセなんだよなぁと実感してしまう自分にまた心で涙・・・
これが歳を取ると言うことなのか人間になると言うことなのか・・・