2008/12/31
当ブログは本日を持ちまして下記アドレスに移転します。
http://angel.ap.teacup.com/b-shot/
黒背景に飽きたものの何故か巧く変更できないので新たに作りました。現在製作中の「幻影少年銀幕少女」の製作日記と「林檎酒哀歌」の上映宣伝のみ移しておきます。mixiのリンク先は新たなアドレスに変更して当ブログは消去せずこのまま保存しておきます。今後内容が何がどう変わるわけでもないので、引き続きご愛読宜しくお願い致します。
それでは皆さま、よき新年をお迎え下さい。
山岸

先日28日撮影中のオフショット。

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2008/12/24
革命とは自由を求める事である。単にシステムの変革や政権交代を指すのではない。
12/18の記事に於いて映画表現の革命は1970年頃と記したが、いやいやそんな単純なもんではないと思い至りそもそも「革命って何?」という事から考え、取り合えず上記の結論に達した。それから再度映画表現の革命(或いは自由)という事を考えた時ふと脳裏に浮かんだのがこれも12/18の記事にある「阿波の踊子(剣雲鳴門しぶき)」だ。
何の事はない、革命は古典的映画作家マキノ雅弘によって戦前に実現されてしまっていたのだ。「明日、踊ろうぜ!」という合言葉が何度も繰り返され、映画に徐々に異様なグルーブ感がうねり出し、激しく躍動する人影が画面を覆い尽くしてしまう凄まじい阿波踊りの場面。当時の大スター長谷川一夫のチャンバラ時代劇がここに来てまるでロシア・アバンギャルドかドイツ表現主義かのような相貌を見せ始める。
これこそ映画がジャンルを超越して自由を獲得した瞬間ではないか? どこから来るのか判らない抑えきれない高揚感に包まれてしまったようなこの瞬間は、その表現が極度に純化した時にのみ現われるのだろう。このような瞬間を持つ映画は時代、国籍を選ばず、もしかしたら製作者の才能の有無すら無視して存在するのかもしれない。これを意図的に作り出す事は可能だろうか?

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2008/12/20
このまま行くと社会主義革命が勃発するのではないかという激動の世ですが皆様如何お過ごしでしょうか? 私の勤め先は風前の灯です。巷ではチェ・ゲバラがブームだそうで。革命万歳!
数年前までの好景気などしょせん弱者の犠牲の上に成り立った偽りの繁栄でしかなく、それがいかに脆いかということの証左を示す昨今ではないかと。ま、革命などと大それた言い方をしてもそれは社会構造の変革を伴った復讐に過ぎないのかもしれず「今まで私達を卑劣にも踏み台にして享楽を味わった方々は、今後どうぞ地獄へ転落くださいまし」という社会的弱者からの宣言或いは呪文がいよいよなされんとしているのだろう。拝金主義者は覚悟したまえよ。
さて革命の灯は経済に於いてだけではなく、私が日々のた打ち回っている自主映画なる世界にも大きな波を及ぼさんとしているのかもしれない。果たして私は駆逐される側なのかする側なのか? 革命のキーワードは「ドキュメンタリー」「叙事的描写」「B級精神」などと予想している。
どうも年末から正月にかけてのこの時期の過ごし方が未だ判らず、とにかく寒いし酒の席が多いしで体調を崩しやすく、何かと儀式のように人に会ったりせねばならないので、孤独で密やかな愉しみに耽溺する時間を作るのが難しくなって結構ストレスが溜まりやすい。そんな不器用な私を救うのはやはり映画作りか。俳優、スタッフ諸氏には顰蹙を買っているかもしれないが(笑)。

コーヒー380円、調布飛行場プロペラ・カフェにて。

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2008/12/18
11月8日(土)ラピュタ阿佐ヶ谷にて「甘い汗」(1964年/監督:豊田四郎)と「くちづけ」(1957年/監督:増村保造)を観る。
翌9日同じくラピュタにて「大奥絵巻」(1968年/監督:山下耕作)を見る。好い加減そのほうが特だろうと悟りラピュタの会員になった。
ところがこれ以降11月はまるで映画を観なかった。日々の労働と拙作準備の為に疲労が蓄積し体調不良だった為だが・・・毎日何をしていたのか記憶に無い。
12月3日(水)新文芸座にてマキノ特集。「仇討崇禅寺馬場」(1957年)と「阿波の踊子(剣雲鳴門しぶき)」(1941年)を観る。
4日(金)同じくマキノ特集「抱擁」(1953年)と「日本侠客伝 血斗神田祭り」(1966年)を観る。
10日(水)ラピュタ阿佐ヶ谷にて山下耕作特集。「極道VS不良番長」(1974年)と「日本女侠伝 血斗乱れ花」(1971年)を観る。
購入したものの長らく観ずにほったらかしにしていた「魔女」(1921年/監督:ベンヤミン・クリステンセン)を観る。
12日(金)アテネフランセにてストローブ=ユイレ特集。「ヨーロッパ2005年、10月27日」(2006年/ビデオ作品/12分)「アルテミスの膝」(2007年/26分)「ジャン・ブリカールの道程」(2008年/40分)を観る。
18日(木)ラピュタ阿佐ヶ谷にて山下耕作。「博奕打ち 総長賭博」(1968年)と「女渡世人 おたの申します」(1971年)を観る。
マキノ映画の殺陣は役者もカメラも凄まじい動き方をする。まるで群舞のようなのだが、その凄まじいアクションにも拘わらず流血の量は大変少ない。66年の「日本侠客伝 血斗神田祭り」という題名の作品に於いても、クライマックスの殴り込みで夥しい量の返り血を浴びているはずの高倉健は、顔と手にほんの申し訳程度に血が付着しているだけだ。そのほんの申し訳程度の血を見て藤純子は一瞬怯えた表情をするわけで、肝心なところでちゃんと機能はしているのだが・・・
つまり「日本侠客伝 血斗神田祭り」の殺陣はリアルではないが美しく速い。血糊を仕込み血しぶきを上げる描写はやはり遅くならざる負えないのだろう。これが1971年の「女渡世人 おたの申します」になると藤純子ですら髪振り乱しかなりの流血を要求され、壮絶なアクションを展開する事になる。
多分、1970年頃からリアリズムと引き換えに失ったものがその美しさと速さなのだと思う。以前何かの本で鈴木清順が「松田優作より宍戸錠のほうが動きが速い」と語っているのを読んだ事があるが、松田優作は70年代に入ってからのデビューだ。それが良い事か悪い事かは判らないが映画表現の革命は1970年頃に始まったのだ。

三原葉子がえらく地味な役で出ていた。
「博奕打ち 総長賭博」は評判に違わず大傑作で「ゴッド・ファーザー」なんて目じゃねぇぜ! ・・・なんて思った。

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