2011/10/14
Berlin ボワイヤージュ
ecrit par A

夏のバカンスのことを。
初めてベルリンへ行ってみました。
前々から興味はあったのです。
東ドイツ時代の雑貨が面白い、カフェがたくさんある、etc.
友人が貸してくれたガイドブックや雑誌を読んで予習してると、
ベルリン名物の朝食も食べてみたいし、かわいいブティックも沢山あって、
街歩きするだけでもたのしそう。
まぁ、2歳児もいることだし、予定を詰め込み過ぎないよう、
行けるところだけ観光してきました。

大きな森。ベルリンの街の40%は緑と川だそう。
パリよりももっともっと自然が近いです。

ゴミ落ちてない。信号無視も誰もしません。
道が広い&キレイ。シャイだけど、親切なドイツ人。
飲食店は清潔だし、サービス業の人はちゃんと笑顔。
カフェのコーヒーが美味しい。
スターバックスのラテだって、ちゃんと泡立ってるんだから!!
(値段もパリより安い!)
パリとあまりにも違いすぎて(隣の国なのに)、カルチャーショック。
旅行2日目からはパリの悪い所を言いながら、
ベルリンの街を歩いてたような気がする・・・。
公園も沢山行きました。

パリも、子どものことを考えた遊具を設置してくれてるけど、
ベルリンはもっとナチュラル。
公園エリアはほぼ砂場。転んでも痛くないし、
さらさらの砂が裸足で歩くと気持ちいい。
アスレチックとか、トランポリンとかあったりして、
私たちもついつい参加してしまいました。
あと、子どものマナーがパリより良い(←また比較!)。
並んで遊具の順番待ちをしてるのにはちょっとした感動を覚えました。
思った以上に広くて、とても楽しかった。
時間があったら、訪れたい場所がもっともっとあったのに。
次回のお楽しみってことかな。

忘れてはいけない、ユダヤ博物館もあります。
私たち日本人にとって、ユダヤ人迫害とは、教科書で習ったことだけ。
どうしても昔も今も続いてるアジアの諸問題の方が身近に感じるけど。

ユダヤ人の歴史、文化、そしてナチスによる迫害。
今回、ここを訪れて、展示物の説明書きをひとつひとつ読んでいたら、
本当に大変なことが起こったんだ、と胸が痛くなりました。
ヨーロッパは大きいがゆえに複雑な歴史があるんだな、と改めて。
ベルリンに来たら、必ず寄ってほしい場所です。

歴史があるのに新しい街の匂いのする、まだまだ発展途上の街、ベルリン。
大好きになりました。
次はベルリンB級食編です。
2011/10/19 6:14
投稿者:A
2011/10/18 22:02
投稿者:まるP
Aさん、こんばんは。
いつも楽しく拝見していますが、コメントを差し上げるのはひさしぶりだと思います。
ほろ酔いかげんに、長くなっちゃいますが...
初旅行だったおれにとってのベルリン原風景は、まだ「壁がれっきと立っていた」88年の夏だったんですよね。
東ドイツの広い国土のなかに、1日に何本かの列車だけが域内の主要駅に停車できる、360度例の壁に囲まれてぽつんと小さくしていた「西ベルリン」の街があって、いかにもそこは戦後の敗戦を、勝戦国にうまくコーディネートしてもらった「資本(自由)主義って、こんなに楽しいよ〜」ってまわりにアピールするショールームみたいな街でした。
(ニッポンも、そういう経緯で発展してきましたよね、毛沢東のおかげで)
税関越しに見比べる物資という物資は西の優れたのが歴然。
日中、西側から壁ごしに東ベルリンの空を仰ぎ見ると、それぞれの地域を走る自動車の排気ガスの純度の違いがありありで(その色目のちがいと原因は、だいぶたってわかりました)、球体のテレビ塔を中心に黄曇った光景が、「オリンピック開催当時の東京の空って、こうだったのかなぁ」って、レトロな庶民文化な漫画とか、若いながらに想像しすぎて、かなり感慨にひたりました。
なんでもない住宅街に迷い込み「東側の国の諜報機関に連れ去られたら、二度と祖国に帰ってこれないなぁ」ってビビったり、(ユダヤ博物館はまだオープンしていませんでしたが)戦争での略奪品で満たされた、ヨーロッパでも有数の「美術館島」や、門や壁周辺の歴史遺産も充実した街だったり。
個人的には、ちょうどヴェンダースの映画が公開したばかりで、フィルムの1シーンの舞台になる国立図書館や、ガンツおやじとピーターおやじが掛け合う、さびれた街角の珈琲屋台にちょこっと立ってみたいという、「若い現地のえせ旅行者」の衝動がかなった街でしたね。
そのころのヨーロッパ(といっても、それらの活動にいちばん熱心なパリ近辺)滞在が素養で、現在、産まれた田舎町で、ホントに微々たるモノとわきまえていながら、フィルムコミッションの活動をそこそこ手伝っています。
いつも楽しく拝見していますが、コメントを差し上げるのはひさしぶりだと思います。
ほろ酔いかげんに、長くなっちゃいますが...
初旅行だったおれにとってのベルリン原風景は、まだ「壁がれっきと立っていた」88年の夏だったんですよね。
東ドイツの広い国土のなかに、1日に何本かの列車だけが域内の主要駅に停車できる、360度例の壁に囲まれてぽつんと小さくしていた「西ベルリン」の街があって、いかにもそこは戦後の敗戦を、勝戦国にうまくコーディネートしてもらった「資本(自由)主義って、こんなに楽しいよ〜」ってまわりにアピールするショールームみたいな街でした。
(ニッポンも、そういう経緯で発展してきましたよね、毛沢東のおかげで)
税関越しに見比べる物資という物資は西の優れたのが歴然。
日中、西側から壁ごしに東ベルリンの空を仰ぎ見ると、それぞれの地域を走る自動車の排気ガスの純度の違いがありありで(その色目のちがいと原因は、だいぶたってわかりました)、球体のテレビ塔を中心に黄曇った光景が、「オリンピック開催当時の東京の空って、こうだったのかなぁ」って、レトロな庶民文化な漫画とか、若いながらに想像しすぎて、かなり感慨にひたりました。
なんでもない住宅街に迷い込み「東側の国の諜報機関に連れ去られたら、二度と祖国に帰ってこれないなぁ」ってビビったり、(ユダヤ博物館はまだオープンしていませんでしたが)戦争での略奪品で満たされた、ヨーロッパでも有数の「美術館島」や、門や壁周辺の歴史遺産も充実した街だったり。
個人的には、ちょうどヴェンダースの映画が公開したばかりで、フィルムの1シーンの舞台になる国立図書館や、ガンツおやじとピーターおやじが掛け合う、さびれた街角の珈琲屋台にちょこっと立ってみたいという、「若い現地のえせ旅行者」の衝動がかなった街でしたね。
そのころのヨーロッパ(といっても、それらの活動にいちばん熱心なパリ近辺)滞在が素養で、現在、産まれた田舎町で、ホントに微々たるモノとわきまえていながら、フィルムコミッションの活動をそこそこ手伝っています。



こんにちは。
当時の貴重なお話、聞けてうれしいです。
ベルリンの壁崩壊もつい最近の事のように思いますが、
時間は確実に流れてるんですよね。
今回の旅行から戻ってきて、ベルリンの事(歴史を含めて)をもっと知りたいと思いました。
ヴェンダースの映画というのは、「ベルリン天使の街」でしょうかね。
それも観てみたいです。
まるPさんもお仕事、がんばってくださいね。