2017/7/30

「市民のための自由なラジオ」収録  TV・ラジオ放送

東京・隅田川スタジオで「市民のための自由なラジオ Light up!」の収録を行いました。
お声がけくださったのは、パーソナリティのおしどりマコさんケンさん。

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おしどりのおふたりが初めて丸木美術館に来て下さったのは2年前の8月6日「ひろしま忌」。
トークの後、とうろう流しにも参加して下さいました。

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また、昨年の暮れには、平和協同ジャーナリスト基金奨励賞を一緒に受賞しています。

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そんなわけで、ここ数年お会いする機会が多かったので、声をかけてくださったのでしょう。

おふたりとも子どもの頃、絵本『ひろしまのピカ』に親しんでいたそうで、《原爆の図》や丸木美術館について、いろいろと話が弾みました。
ラジオの放送は8月11日以後、各地のFMラジオやWEBサイトにも公開されるそうです。
どうぞお楽しみに。
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2017/7/29

金子兜太さん来館  来客・取材

午後、某新聞社の企画で、俳人の金子兜太さんが来館。もうすぐ98歳になられます。
隣の市にお住まいなのですが、意外にも丸木美術館に来館されるのは初めてとのこと。

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《原爆の図》を中心に館内をご案内し、その感覚の鋭さに驚かされました。
金子さんの師にあたる加藤楸邨は、「原爆図」の句をいくつか作っています。
金子さんも長崎時代に原爆の句を作られていると知りました。
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2017/7/28

第五福竜丸展示館「この船を知ろう〜船大工 匠の技」展  他館企画など

都立第五福竜丸展示館で開催中の「この船を知ろう〜船大工 匠の技」展
建造から70年を迎えた第五福竜丸の製作過程や設計図、船大工の道具、模型などで解説し、ふだんは公開されていない船内部の様子や、船大工の技を映像で紹介する企画展。

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ビキニ水爆実験に遭遇して被爆した歴史的な意味の大きさから保存運動が広がった第五福竜丸ですが、70年前に建造されたこの規模の漁船が現存する例は他にないそうなので、運命というのは不思議なものです。

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「オリジナル」としての圧倒的な「アウラ」を放つ船の前で、木を削り、加工し、整えるという「作り手」の丹念な手わざをつなげて見ると、芸術家や職人といった区分ではなく、人間のものづくりの歴史の厚み、重みを実感します。
展覧会は10月9日まで。
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2017/7/25

立川市「ヒロシマ・ナガサキを考えよう」講座のお知らせ  講演・発表

立川市の柴崎学習館にて行われる平和人権講座「ヒロシマ・ナガサキを考えよう」のお知らせです。
2017年8月2日(水)午前10時から丸木美術館学芸員・岡村幸宣による講座「原爆画家・丸木位里と俊」。同日午後2時から16ミリ上映『HELLFIRE:劫火―ヒロシマからの旅』(ジャン・ユンカーマン監督)が行われます。

平日の午前中という時間帯ですが、お近くの方はぜひお運びください。
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2017/7/25

月刊『同和教育』「人権文化を拓く」  執筆原稿

月刊「同和教育」であい第664号(2017年7月25日発行)のコラム「人権文化を拓く」に、「命ひとつでたどりつく場所〜原爆の図丸木美術館50周年」と題する文章を書きました。

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5月に大阪人権博物館(リバティおおさか)を訪ねて丸木夫妻の絵を調査したことや、丸木美術館という場所で日々考えていること、など。

タイトルは、編集部の方が考えて下さいました。
執筆の機会をいただきまして、どうもありがとうございます。
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2017/7/22

「ジミー・ツトム・ミリキタニ展」オープニングトーク  企画展

「ジミー・ツトム・ミリキタニ展 路上の画家が見た世界―9.11、日系人強制収容所、原爆」初日。ミリキタニと親交があり、彼の人生の足どりを丹念に調査された映像作家のマサ・ヨシカワさんが、オープニングトークをして下さいました。

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また、90年代に企業の社員としてニューヨークに駐在し、ミリキタニと出会った坂本譲治さんや、美術史を研究しているカンザス大学准教授の金子牧さんも来場され、それぞれミリキタニ作品への思いを語って下さいました。

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(写真は左から、坂本さん、岡村、マサさん、金子さん)

今回の展示でも、タイトルがついていない、サイズもはっきりしない(そもそも額装されていない絵のほとんどは四角形とは限らず、曲がっている)と、悩みの多い作品ばかりだったのですが、金子さんは「美術史の文脈で読むことがとても難しいが、ボールペン、色鉛筆、クレヨンなどありあわせの画材で、日本画的表現を再現しようという意志が読み取れる。ニューヨークストリートで生まれた日本画という脱領域的でハイブリットな創造性が面白い」と興味深い視点を提示して下さいました。

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路上でのミリキタニは、猫の絵をいつも目立つところに置き、通りすがりの人が猫の絵を見て足をとめ、話しかけると、おもむろに日系人強制収容所や広島の絵を取り出して戦争の罪悪について話しはじめたそうです。
今回、展示作品数は決して多くありませんが、収容所を描いた作品11点と、原爆ドームの絵1点は必見です。

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2002年になってから再訪したツールレイク強制収容所の作品には、かつて暮らしたバラックの記憶とともに、絵を描いている現在の自分自身の姿も描きこんでいます。過去と現在が混在するイメージは、昨年展示した四國五郎のシベリアの絵を思い起こします。

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また、ミリキタニの描く炎は、速水御舟の《炎舞》からの引用のようです。
原爆ドームの絵も、(今回残念ながら出品することのできなかった)ワールドトレードセンターの「9.11」の絵も、ミリキタニ流の《炎舞》の中に描かれています。

本当は、せめて原爆ドームの絵と《炎舞》の絵を並べて比較展示したかったのですが、《炎舞》は現在、広島県福山市の鞆の津ミュージアム「原子の現場」展に展示中。
展覧会のスケジュールが重なってしまったため、お譲りしたという事情があるのですが、可能な方は、ぜひ比較して頂きたいと思います。
丸木美術館の展覧会は9月2日まで。
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2017/7/21

「ジミー・ツトム・ミリキタニ展」展示終了  企画展

「ジミー・ツトム・ミリキタニ展 路上の画家が見た世界 ―9.11、日系人強制収容所、原爆―」の展示作業がようやく終わりました。
暑い中、お手伝いして下さったボランティアの皆さま、ありがとうございました。

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ツールレイク強制収容所の絵11点、原爆ドームの絵1点を含んだ48点の作品がならんでいます。ジミーのポートレートをまとめた11分ほどのスライド映像も上映しています。

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7月22日(土)午後2時からは、マサ・ヨシカワさんによるオープニングトークもありますので、ぜひ皆さまご来場下さい。
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2017/7/19

室野井洋子さんの逝去  その他

拙著『《原爆の図》全国巡回』の校閲でお世話になった室野井洋子さんが、急に亡くなられたという知らせを、新宿書房の村山さんから頂きました。

http://www.shinjuku-shobo.co.jp/column/data/manaita/004.html

矢川澄子さんと親しくされて、彼女の仕事をずっと手がけている方だと聞いていて、丁寧に粘り強く何度も原稿を見て下さるのを本当にありがたく思っていたのですが、札幌在住ということもあり、とうとう一度もお会いする機会はありませんでした。

お会いしたことはなかったけれど、原稿のやりとりを通じて、すぐそばで同じものを見ているような気がしていたので、とても辛い気持ちです。
遠くにいても、近しく感じられる人はいます。
こういう場合、物理的な距離はあまり関係がないのだと実感しています。
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2017/7/16

白井聡講演「永続敗戦と安倍政権の本質」  イベント

午後2時から白井聡さんの講演「永続敗戦と安倍政権の本質」
会場は満席。2時間に及ぶ濃密な内容の講演会でした。

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『永続敗戦論』や『戦後政治を終わらせる』などの著作は事前に読んでいたのですが、時に皮肉をまじえつつ、シンプルで歯切れの良い話しぶりには圧倒されました。ルール無用の安倍政権に対抗し、問題点を広く共有していくためには、こうした迫力が必要なのでしょう。
「誰が描いてもええんじゃが、誰も描かんから、描いとる」という位里さんの言葉を引いて、白井さんが「私も同じ気持ちです」と言っていたのは印象的でした。

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日本の戦後政治の本質が「敗戦の否認」にあること。
敗戦の責任を米国によって免除された旧支配層が、無制限に米国に従属するのは当然であること。
安倍政権の言う「戦後レジームからの脱却」の内実は、「敗戦の否認」の徹底化による保身であること。
日米安保条約が日本国憲法より優先されるという歪みを解消しなければ、「改憲か護憲か」という問題を論じることさえできないこと。

講演の後、会場からの質疑応答の時間があれば、さらに興味深い議論につながったのかもしれませんが、この日のうちに京都に戻らなければいけないという白井さんは、慌ただしく美術館を去っていきました。
何だか、近年頻発している「局地的豪雨」のようなインパクトでした。
お忙しい中、足を運んで下さった白井さんには、心から御礼を申し上げます。本当に貴重な機会でした。

講演の後、個人的に聞いた《原爆の図》に対する感想、「《原爆の図》を観ると、近代芸術の〈自我〉がいかに馬鹿馬鹿しいものかと思える」という白井さんらしい言葉も、心に残っています。
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2017/7/15

一宮市三岸節子記念美術館「丸木スマ展」ギャラリートーク  館外展・関連企画

『朝日新聞』名古屋版朝刊に、一宮市三岸節子記念美術館「丸木スマ展」の全面広告特集が掲載されました。

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午前中には、本橋成一さん、助手のOさん、IZU PHOTO MUSEUMのO副館長をその「丸木スマ展」へご案内。
展覧会をじっくりご覧頂いた後、奈良市写真美術館で開催中の「本橋成一展」に向かう皆さんをお見送りして、午後2時からはギャラリートークに出演。お集まり頂いた方々といっしょに会場をまわりながら、丸木スマの絵についてのお話をしました。

本当は、スマさんの絵を「解説」するのは難しいので、皆さんといっしょに驚いたり笑ったりしながら、「いいですねえ」なんて言ってまわりたいのだけど、まあ、なかなかそういうわけにもいきません。
とはいえ、講演ではなくギャラリートークなので、絵の前で気軽に質問などもして頂き、そして結局、やっぱり「いいですねえ」と笑いあったりしながら、たっぷり1時間半。皆さん最後までお付き合い下さり、お楽しみ頂けたようで、良かったです。

お客さんからの質問は、もっぱらスマさんの絵の素材・技法など表現に関するものが多かったのですが、最後の質問は「一番好きな絵は何ですか?」というものでした。
質問された方は、展覧会のメインイメージになっている《田楽》がお気に入りとのこと。
「それでは私は、せっかくなので丸木美術館の所蔵作品から選びましょうか・・・」と悩みつつ、《村の夕暮れ》を選びました。山の向こうに夕日が沈む、小さな村の風景を描いた作品です。
スマさんにしては比較的普通の「風景画」ですが、この絵の風景の中で、たしかにスマさんが暮らしていた、という実感が伝わってきます。

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数年前、丸木家の人たちが暮らした場所を知りたいと、故郷の飯室(現在の広島市安佐北区)に通ったことがありました。
3度目にようやく、かつて丸木家のあった跡にたどり着くことができたのですが、しかし現在の風景は、100年前とは違っていました。もはや絵の中にしか、スマさんの生きた世界は残っていないのだ、と思いました。

それは残念なことですが、一方で、社会の必然でもあるのでしょう。現代社会を生きる私たちが、仮にスマさんの絵のような暮らしに回帰したとしても、満たされるとは限りません。
それでも、「進化」や「発展」だけが唯一の選択肢ではない、私たちには別の生き方を追求できる可能性もある、と気づくことは、世界を見るまなざしをより複雑に、豊かに広げてくれるようにも思います。
最後にそんなようなことを話して、ギャラリートークは和やかに終わりました。
楽しい時間でした。

お世話になった三岸節子記念美術館のスタッフの皆さん、数年前から「丸木スマ展」の準備を一緒に進めながら直前の異動となってしまった一宮市立博物館のS学芸員、そしてご来場下さった大勢の方々に、心から御礼を申し上げます。
展覧会は8月13日まで続きます。近隣の皆さんは、どうぞお見逃しなく。
7月29日には、奥田元宋・小由女美術館学芸員の永井明生さんによる講演会「生命讃歌ー丸木スマの宇宙」も行われます。
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2017/7/14

豊田市美術館「奈良美智展」レセプション  他館企画など

豊田市美術館「奈良美智 for better or worse」展オープニングレセプションへ。

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奈良さんが学生時代を過ごした愛知県でのスケールの大きな展覧会。
レセプションの来場者もたいへん多く、混乱を避けるためか、奈良さんは挨拶をされた後すぐに退場されていました。

最初の展示室は、奈良さんが若い頃に影響を受けた本や画集、フィギュアなどの造形物、レコードジャケットの展示からはじまります。
その中には、丸木スマ画集『花と人と生きものたち』や大道あやの絵本『たろうとはなこ』も並んでいたので、嬉しくなりました。

初期の油彩画からはじまり、少女の右眼に原爆の閃光が映る《Missing in Action ─Girl meets Boy─》(2005年、広島市現代美術館蔵)などの絵画作品、ドローイングの部屋、立体作品の展示、さらには家が建ち月の浮かぶ空間など、12の展示室から構成される展覧会はエンターテインメント性も充分。国際的に活躍する芸術家らしく、来場者も海外の方の姿が目立ちました。

展覧会を見た後は、本橋成一さんの写真集『位里と俊』に文章を書いて下さった御礼を兼ねて、本橋さん、ポレポレタイムス社のOさん、IZU PHOTO MUSEUMのO副館長と一緒に、バックヤードで奈良さんにご挨拶をすることができました。
一宮市三岸節子記念美術館の丸木スマ展の招待券もお渡ししたので、会期中にご覧になって下さるといいのですが、どうでしょう。
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2017/7/11

『松山高校新聞』特集「原爆の惨禍伝えて50年」  掲載雑誌・新聞

2017年7月11日付『松山高校新聞』
特集「原爆の惨禍伝えて50年」
◆本橋成一さん小室等さん対談 故丸木夫妻との思い出
◆「HELLFIRE:劫火 ―ヒロシマからの旅―」上映会 ジャン・ユンカーマン監督 「戦争をしない世の中にする」丸木夫妻が教えてくれたこと
◆写真集『位里と俊』出版 本橋成一さん 「恋愛ごっこをしていた二人」
◆水沢勉さん 『原爆の図』を未来につなげる
◆「原爆の図丸木美術館」の成り立ちと現状
◆「原爆の図」を次世代へ 新館建設へ寄付募る

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地元・松山高校新聞部の力作、丸木美術館全面特集。
いつもながら、立派です。
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2017/7/9

『神奈川新聞』読書欄に写真集『位里と俊』紹介  掲載雑誌・新聞

2017年7月9日『神奈川新聞』読書欄に、本橋成一写真集『位里と俊』が紹介されました。

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以下、記事より一部抜粋。

「人物を描かせたら彼女の右に出る者は・・・」と位里は俊を認め、俊は女性モデルに興奮した位里にやきもちを焼きながらも、彼の頰のあざを「美しく見えた」と語っていた。そういう間柄が、二人にしかできない表現を生んだと本橋は考える。「最後まで、本気の恋愛ごっこを楽しんでいたのではないかな」
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2017/7/8

『埼玉新聞』に「夢追い人は・・・伝え続ける」連載  掲載雑誌・新聞

共同通信の配信記事「夢追い人は・・・伝え続ける」全7回連載。
『埼玉新聞』2017年7月2日〜9日掲載。

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第1回 占領下で開いた原爆展 弾圧あっても伝え続ける
第2回 新型爆弾 実像伝わらず 「ちょっとひどい空襲」
第3回 原点は友人母の悲嘆 「戦争なくさないと」
第4回 水求める手を払う 人の心を変えた原爆
第5回 7年後の被爆証言 絵に命吹き込む体験
第6回 米国で伝えた思い 恨みつらみじゃない
第7回 未来につなぐ責務 「原爆の図」惨状 今に

1951年7月の京都大学同学会「綜合原爆展」の小畑哲夫さんからはじまり、その後首都圏を巡回した「原爆の図展」を手伝った当時都立大学生の被爆者・西岡洋さん、そして現在の丸木美術館へと続く内容でした。
丁寧に取材した、読み応えのある記事でした。
取材して下さったT記者、どうもありがとうございました。
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2017/7/8

『丸木美術館ニュース』第130号発送作業  美術館ニュース

丸木美術館ニュース第130号の発送作業。
大勢のボランティアが集まって下さり、無事に作業は終了しました。
皆さま、いつも本当にありがとうございます。

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今号の表紙は、夏季限定公開中の丸木夫妻の共同制作《大逆事件》。

ニュースの内容は以下の通りです。

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丸木美術館ニュース第130号 (発行部数2,200部)

8月6日丸木美術館ひろしま忌のご案内 …… p.2
開館記念日出演者紹介 堀場清子さん、白崎映美&東北6県ろ〜るショー、神田甲陽さん、北久保まりこさん …… p.3
原爆の図保存基金 応援メッセージ …… p.4
開館50周年特別展示 本橋成一写真展「ふたりの画家 丸木位里・丸木俊の世界」報告 (小原 佐和子) …… p.6
リレーエッセイ第60回 (宮澤 弘道) …… p.7
丸木位里・丸木俊の時代〈第26回〉 歴程試作展と位里/春の夜の画談会/前衛絵画《馬》 (岡村 幸宣) …… p.8
ベルファストで開かれた第9回国際平和博物館会議 (小寺 隆幸) …… p.10
丸木美術館情報ページ …… p.11
写真で見る 丸木美術館の日常風景 (山口 和彦) …… p.12

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ご執筆下さった皆さま、どうもありがとうございました。
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