どうもモヤモヤした気持ちから抜け切れない。
夫が最近、変なことを言う。
何かあったときのことを見越していろんなことを考えてたり、提案したり。
夫自身も、いつ倒れるか、いつ何があるか、いつまで生きられるか・・・こういうことがストレスになっているようだ。
私や子供たちのことがとても心配らしい。
ああ、そうですよ。
心配なら先に死なないでください。寝たきりにならないでください。
私は、夫が先に死んだらいろんなことが崩壊するだろうなぁ・・・、と容易に予想できてしまう・・・。
私自身もいろんなことがストレスになっていて・・・何の予定もない毎週日曜日は一日力が抜けて、眠くてたまらなくなる。
佑が学校に行くようになり、一からいろんな人間関係を築き上げる場面も多いのだけれど、そこで佑と相手との折衷にやはり私が間に立つ場面が多い。
やはり健常児であればそこまでする必要はないのだろう。
ランドセルを背負っている小学生と比べてしまう。
相手と話し合い、お願いし、見守って・・・こういう一連の行動が本当にしんどくなってきた。
五月病、というものがあるのがすごくわかるような気がする。
昨日は夫に
「もう嫌だー!!」
と愚痴をこぼしまくってしまった・汗
何でこんなにしんどいのだろう?
気持ちに雪崩が起こったきっかけはある。
先日、レスパイトに見学に行ったとき、私はかなりショックを受けた。
成人の障害者?成人に近い障害者?である人が、自分よりかなり小さい佑から、おもちゃを怒って奪っていき、しかも頭を叩いていく。
別の障害者の人は、介助者の人に頭突きをしている。
佑のためにトイレを借りたが、小水であちこち汚れていて・・・。
現実を見て、とてもショックだった。
かつ、息子が叩かれたことも作用して、嫌悪感が生じ、恐怖に陥った。
そして悲しみが出てきて・・・。
いろいろ考えているうちにいろんな気持ちが吹き出した。
私は佑の障害を受け入れているようで受け入れてなかった。
そして、佑がいつか大人になってしまうことの恐怖。
自分が(全部ではないけれども)責任を負わなければならないことの負担感・・・。
あそこで他害をしていた障害者は、親の育て方が悪かったから他害をするようになったというわけでもないと思う。
でも、私にとってはやっぱり怖くて、できれば近寄りたくない、関わりたくない、と感じたのだ。
だけども自分の息子だってどう育つかわからない。
大人になったら嫌だ。
障害者なんて嫌だ。
自分の中に隠れていた意識に愕然とし、涙が止まらなかった。
・・・・・
今日は、上のことではないけれど、相談があって福祉事務所に行ってきた。
職員の方がとても丁寧に話を聴いてくれて、話の流れでその方のお子さんが息子と同じ障害をもっていることを知った。
同じ立場だからか、壁が感じられなかったし、柔らかい優しさに触れ、荒んだ気持ちも少し落ち着いた。
私も優しい人になりたい。
佑は私の元に生まれてきて、本当にかわいそうだったな、と思う。