2008/9/14

十字架賞賛の祝日  管区長通信

メキシコで開かれている御受難会のシノドス(管区長)に参加中の来住管区長から会議の様子が送られてきた。松本神父も来住神父の補佐でずいぶん活躍している様子です。発言をして他の国の管区長からの反応を受けている様子が分かります。健康に気をつけて欲しいというのがわれわれ日本にいるものの唯一の願いかもしれない。
76

2006/5/23

Bro 鹿山さん 無事退院  管区長通信

鈴木神父さんによれば、元気に午後2時退院、 しばらく鹿山さんの兄弟(三男)の家で療養することになりました。ゆっくり休んでください。「親身になって、お世話してくださった方々、ご心配くださりお祈りくださった方々に感謝申し上げます。」とのことです。 わたしからもこの場を借りてお礼申し上げます。(畠)
0

2006/5/20

Bro. 鹿山 5月22日(月)退院予定  管区長通信

鈴木忠一神父の報告では、手術後順調に回復、あたらしいペースメーカで、血色もよく、体調もよいそうです。病院生活が退屈に感じられるほどの回復です。
 手術当日は、たいへん心細い思いをしたそうですが、東京からBro.笹田が付き添いに参上して、手術前後のケアを親身にしました。特に手術後の拒絶反応があったときには、鹿山さんはもう死ぬのかと思うほどの高熱と血圧であったとのことです。岡垣記念病院の名医岩隈医師の事前の話では、手術は15分で済むはずでしたが、2時間の長い手術となり、血管が細いためペースメーカの感知線が心臓に到達しないので苦痛だったそうです。ザビエル鹿山さん、あたらしい心臓、新しい心で元気に毎日を過ごせますように!お見舞い申し上げます。
0

2006/5/14

Bro 鹿山さんの病気回復のためにお祈りください。  管区長通信

ブラザー鹿山さんは、4月29日に池田教会で行われた河野稔さんの結婚式に参列するために大阪に来ましたが、梅田で鼻血をだして動けず、結婚式に参列できませんでした。その後宗像に戻って医者に見てもらうと、たいへん心拍数が低いため、入院して検査が必要となりました。入院して検査すると夜中の心拍数は40をきることがあり、第一級身体障害者の資格があるほどの重症ということがわかりました。急遽ペースメーカの手術を受けることになり、五月十二日岡垣記念病院で手術し成功しました。皆様のお祈りをお願い申し上げます。
0

2006/4/5

結びの祈り  管区長通信

わたしたちの父である神よ
わたしたちは、あなたの愛のもっとも偉大な業、
もっとも驚嘆すべき業、
あなたの御子、わたしたちの主
イエス・キリストの御受難
を感謝します。

わたしたち全会員が、
水と聖霊によって
新しいいのちに再生され
教会の生きているメンバーとなりますように。

わたしたちは、創立者、
十字架の聖パウロの生涯と模範を
あなたに感謝します。

十字架の足元で
御受難会のファミリーの会員すべてと共に
父であるあなたに 謹んでお願い申し上げます。
どうか、この総会への準備期間中
聖霊の賜物をわたしたちにお与えください。

刷新と回心へとわたしたちが開かれますように
わたしたちが時のしるしを認めることができますように
知恵によってあなたの御心を識別できますように
お願い申し上げます。

悲しみのおとめマリアょ、
教会の母、
奉献生活の模範、
御受難会の諸聖人と共に
わたしたちのためにとりなしてください。
アーメン
0

2006/4/5

日曜日  管区長通信

7.信仰によって歩むこと

マルコ 8:22-26
一行はベトサイダに着いた。人々が一人の盲人をイエスのところへ連れて来て、触れていただきたいと願った。イエスは盲人の手を取って、・・・・その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのがわかります。」 そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになった。イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。

黙想:
わたしたちは、組織変革の困難さを無視してはいけない。それらを隠すことは正しいことではない。・・・はじめは、すべてははっきりしていないのだから・・・ イエスによって癒された盲人に起こったことは(マルコ8:22-26)、わたしたちにも起こるでしょう。・・・それは漸進的な奇跡でした。・・・この奇跡は、わたしたちの現状を理解するのを助けてくれるように思われます。たとえ、旅すべき道がはっきりと見えると確信して見えていたとしても、わたしたちは、どのように旅するのか知らないのです。すなわち、どんな困難に遭遇するか知らないのです。おそらく、困難は、人よりは木のように見えるかもしれません。しかし、そのとき、イエスは、確かにわたしたちの助けとして来てくださり、わたしたちの道を導いてくださることでしょう。
0

2006/4/5

土曜日  管区長通信

6.青年たちの希望

申命記 31:7-8
モーセはそれからヨシュアを呼び寄せ、全イスラエルの前で彼に言った。
「強く、また雄々しくあれ。あなたこそ、主が先祖たちに与えると誓われた土地にこの民を導き入れる者である。あなたが彼らにそれを受け継がせる。主御自身があなたに先立って行き、主御自身があなたと共におられる。主はあなたを見放すことも、見捨てられることもない。恐れてはならない。おののいてはならない。」

黙想:
本会の若者たちは、大きな希望です。・・・大きな行動計画の欠如は、若者たちを将来の不安でいっぱいになり、もっと限定された困難な将来となるのです。大きなビジョンや夢がなければ、共同体や使徒職に影響を与えることは、しばしば困難であり、また、動機がなければ、若い人々は、すぐに情熱を失い、しばしば、本会を去っていきます。これらは、多くの管区の心配であり、口を開けた手痛い傷です。
修道生活と召命の意義を再発見することは、緊急になすべきことです。なぜわたしは御受難会士となるべきなのか?なぜわたしは御受難会士として続けるべきなのか?

0

2006/4/5

金曜日  管区長通信

5. 一つの体と一つの霊

1コリント 12:18−27
そこで神は御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分をおかれたのです。・・・だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。・・・・一つの部分が苦しめば、すべての部分が苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。

黙想:
過去20年間、社会の顔も教会の顔も大きく変わったように修道生活の顔もまた変わりました。世界は、もっと多民族、多人種、多宗教になりつつあり、本会全体もまた、”新しい方法での共にあること”を生み出す時が来たのです。これまでの管区として考えるよりも、会全体で考えるときが来たのです。多様な文化や国家の種々の賜物を交換することなども含んで本会のあらゆる部分との相互の対話の可能性と福音的あたらしさを再発見するときが来たのです。
0

2006/4/5

木曜日  管区長通信

4.今日の世界にいること

マタイ 13:31-33
イエスは別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」 
また、別のたとえをお話になった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

黙想:
世界は、現在さまざまな問題を体験している歴史的に独特な瞬間にいます。貧困、戦争、テロ、などなどのそれらの問題は、わたしたち自身に、次のよう問わせます。「わたしたちの生活スタイルに従って適切に応えているだろうか?」「わたしたちは、練り粉のように膨れるだろうか?(マタイ13:33)」 これこそわたしたちが真剣に今日自分自身に問わなければならないことです。多民族、多文化、多国家、超国家、・・・ひとつの大陸から別の大陸へ移動する人々の流れがある社会の中で、 本会は会として、この変化に応えるように準備されているのか?と・・・
0

2006/4/4

水曜日  管区長通信

3.兄弟の共同体

ローマ 12:9−13
愛に偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いを愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして助け、旅人をもてなすように努めなさい。

黙想:神と世界に加えて、もう一人の相手は、日常のレベルで生活を共にして、個人的にも、共同体でもよく知っているわたしたちの兄弟です。・・・誰に対しても尊敬の態度を示すべきですが、特に変化の結果不安と関心を体験している長老たちに対してです。配慮(ケア)と関心が与えられるべきです。組織変革は、・・・相互愛の精神、何にもまして病気の兄弟に対しての愛徳を生きることになるというドアを開けるひとつの可能性なのです。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ