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萩森炭鉱跡地 2016

以前の投稿はこちら

関連遺構と思われる煉瓦煙突はこちら

久しぶり撮り鉄ついでに萩森炭鉱跡地へ寄ってみた



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すっかりモジャも刈られてスッキリ
既に遺構が丸見え状態





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丸と2年来ないと変るもんですな
1枚目に写っていた遺構は緑丸、同じような円形遺構が左の丘にも有る(黄丸)








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更に左側には以前投稿した煉瓦煙突が見える(白丸)
こんなにスッキリすると位置関係もよくわかる。






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一つ目の遺構アップ
給水関連?画像は縮小してますが300mm望遠でかなり詳細に
写ってるのを確認すると既に上部は破壊されている模様。






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二つ目の遺構アップ
こちらも一つ目と同じく上部は壊されてます。

どちらもアクセスはしやすいですが敷地内は依然立入禁止なので
これ以上はどーにもなりません。

ということで煉瓦煙突のほうへ行ってみると














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以前とは比較にならんほどスッキリ♪

柵も札も無いので接近









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意外と小さな下部
ゴミ焼用くらいの規模







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気になる横から出てる管状の煉瓦
ただの煙道かもしれんし...






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上から見るとますます判らん遺構
恐らく盛り土(流行語?)で埋まってる部分が有ると思う






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もし残してくれるなら説明看板を希望します。


この地も現地の作業状況からして太陽光発電建設かもしれませんが
是非この煉瓦は残して欲しいものです。






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また少ししたら来てみましょう

投稿者:ちくまえ。

生田炭鉱?かも

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秋ですな(鳥はジョウビタキ)

久しぶりに気になる炭鉱跡地があったので少し調べてみた

場所は山陽小野田市
JR埴生駅から海沿いの道に出て旧R2号線を東に進みさらに
旧2号線から分かれて海沿いを走ると津布田地区に入る。




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長閑な海沿いの道
しかしコレに写るなんでもない短いガードレールがポイント







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単に短い橋だったハズ








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『第一赤岩橋』と名盤もあるけどもう橋では無くなっている
実はこの下にあったのは川ではなく石炭の積出線もしくはコンベア
だったようだ。

ココは恐らく津布田炭鉱と共にあった生田炭鉱の跡地と思われる。
資料があまり無いので詳細は不明、1937年に生田炭鉱として
再開とあるのでその前は別名で採掘していたんでしょう。
当時生田村であったが役場が火災でほとんどの資料が焼失して
しまっているらしい。
その後各産炭地同様エネルギー革命のため1959年に閉山。
(無煙炭を算出していたそうな)





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1974年頃の航空画像(国土交通省より)
画像赤丸が橋の位置 山側に施設の痕跡が有る
山側は既に深い竹薮とモジャに覆われているのでパッと見は何も確認
出来ない。
一応入り口の民家に許可を求めるも留守だったのでサクッと100mほど
山道に入ってみたけど何も発見出来ず。
(もっとモジャが衰退してから再訪しよう)

次に海側を探す




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1974年頃の航空画像(国土交通省より)
真っ直ぐ海に伸びる桟橋が判る
しかしこの付近から海に降りる道は無い(モジャ突なら可能)
どこか無いか探していると丁度某旅館のご主人が表におられたので
聞いてみたら旅館の裏から下りれるという。
ここはお願いして許可を頂き海岸へ
(旅館のご主人さまありがとうございました)







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ちょうど干潮みたい
桟橋があったであろう方向へ歩くと







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所々こんな炭層が露出している
ボタではなくしっかり地層してます。無煙炭か?






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なんか有る
手前の土管はもしかしたら違うかもしれんけど...









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奥のコンクリート遺構
これは恐らく桟橋の橋脚でしょうな
ココから海側に数本有ったハズやけど...









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途中の分は既に綺麗に撤去されていて鉄筋のみが
こんな風に残ってるだけ









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海中の鉄筋も潮が満ちれば水没ですな








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当時は沖にずっと続いていたんでしょう








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遺構の後ろのモジャにも一応突しましたが竹の密生で身動きが
取れないため痕跡等発見出来ず。


山側にも何か残ってたらまた投稿します。

投稿者:ちくまえ。
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