2011/4/16  18:16

これから  

 
 3月11日以降、ずっと自問自答の毎日。毎日たくさんの情報が錯綜する中、自分なりの答えを見つけないと前に進めない。いろいろやってみた。チャリティーライブみたいな事もした。でも、どんなに考えても、どんなにこれがベターだと思ってやっても、次の日にはそれが軽薄だったと気づいたり、間違っていたり、稚拙に思えたり、罪悪感を覚えたり、元気になろうとすればするほど反省する連続だった。後悔はしてないんだけど、ストレスがたまった。なんだか無気力になってきて、さらにストレスがたまる。歌っても歌ってもなかなか発散できない。余震も続く。お酒で大体ごまかしてなんとか。そんな1ヶ月だった。本当に怖い。これが大震災というものか。

 4月10日に石巻に行ってきた。3月27日の浅草ライブで共演したブルースハープのKOTEZさんが、石巻で4月10日にライブする予定だったのが中止になり、友達に会いにいくから「行くか?」と聴かれ、「行きます」の2言で決まった。Kotezさんとベースの江口弘史さん、池袋のバレンシアというスペイン料理店のオーナーの中村さん、そして浅草で出会ったテレビのディレクターの矢島さんと僕。ちょっとおかしな組み合わせの5人で行った。

 車にぎっしり物資を詰めて、楽器もなんとか載せて、9日の夜中に池袋をいざ出発。こういう時、運転できないと、本当に自分が不甲斐なく思う。申し訳ない気持ち一杯で後部座席に座っていたんだけど、年上のKotezさんも運転できないと聞いてなんだか勝手に変な仲間意識が芽生えて嬉しかった。どうでもいいか。いつもならお休み3秒な自分も、この夜はなかなか寝れなかった。ちょっと興奮していたのもあるが、それよりも東北道が破損でガタガタで、修復はしてあるものの、段差を通るたびに目が覚めた。道路があの日ずたずたになってしまったんだなと実感した。

 石巻に着いたのは朝の10時。Kotezさんの知り合いが車で被災地を案内してくれた。港に近づくにつれ、徐々に瓦礫が見え始める。言葉がでなくなった。しばらく誰も何も言わなかった。自衛隊が未だに長い棒を持って行方不明者を探していた。自衛隊も大変だ。道はなんとか通れるようになったようだけど、瓦礫は横に除けられただけで、そのまま残っている。何キロも流された家もあるそうだ。真っ黒に焼けた車がペシャンコになって積み重なっていた。

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 人々は救援物資の配給に並んだり、流された家の中から見つかるかもしれない何かを探していたり、建物が水に浸かっただけですんだ家の人は、また住めるように掃除をしていた。商店街がほぼ営業できない中、個人の学生服販売店がなんとか営業しているのが印象的だった。そうだ入学シーズンだもんな。

 比べちゃいけないのかもしれないが、被災した場所と、しなかった場所でこんなに違うのかと思った。原発にしても、東京では放射能が怖い怖いと言ってられる余裕がまだあるが、実際に被災している人は放射能どころではない。まだ見つからない家族がいる。生き延びても毎日を生きるだけで精一杯。新たな地震のデマにも怯えている。あれは地獄だよと言う人がいるけど、その地獄は被災地の人にとってみれば、今まで暮らしてきた天国なのだ。

 僕も最初は何と声をかけていいものかわからなかった。被災地の人々の話にうん、うん、と頷くぐらいしかできない。Kotezさんの知り合いのミュージシャンのフミトさんの写真スタジオに行った。スタジオは高台にあったからかろうじて、津波を逃れたようだった。フミトさんは笑顔で出迎えてくれた。フミトさんには初めて会ったのだが、いつも笑顔で、気さくで、優しくて、その人柄は一度会ったら絶対に忘れられない。本当は辛いのに、ずっと笑顔。おそらく空元気でいないとやっていけないんだと思う。町の光景を見てかなり凹んでいた僕も、フミトさんと会ってちょっと救われた。逆に励まされたような感じだった。やっぱり笑顔ってすごい。


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 フミトさんの紹介で、石巻市民図書館の避難所に行った。Kotezさんの知り合いが避難所のリーダーになって炊き出しをしてみえた。たくさん人が集まってきた。Kotezさんのミュージシャン仲間もどんどん集まり、無事に再会する場面がたくさん見れた。あの時のみんなの喜びの表情が忘れられない。生きてて本当によかった。

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 避難所の子ども。「今朝も揺れたよー」とか言いながらも近くの竹林で遊んでいた。子どもはどんな状況でも遊べるからすごい。僕も一緒に遊んだ。子どもとはすぐに仲良くなれる。

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 Kotezさんと江口さんのライブ。ライブが始まると音楽を待ち望んでいた人々が集まってきた。ものすごい盛り上がった。みんな、目に涙をいっぱい浮かべて音楽を聴いていた。僕も音楽を聴いて久々に泣いた。

 泣いてばかりもいられない。僕もウクレレとチャンチキドラムでソロライブ。いつも通りやりました。ボランティアライブとか、チャリティーライブとかという気持ちはとりあえず置いといて、純粋にやりたいから、復興したらまた石巻に呼んでほしいからという気持ちだけで歌った。そう歌いたかった。チャリティーという言葉が最近は本当に苦手になった。

 やってよかった。自分も被災地の人もみんなあの瞬間は幸せだったと思う。大きな不幸に比べたら、本当に小さな幸せかもしれないけれど、これが続くことを心から願います。

 被災地は何も終わってない。これからだ。フミトさんも何度も言っていた。世界一の地震と津波に全部やられて、これからのことを考えることすらできないけど、今はとにかく人に毎日会うことから始めていると。会って話して、今できることを一緒に考えていると。国や行政に頼っていても落胆するだけ。自分の命は自分で守る。自分でやれることは自分でやる。フミトさんの言葉で石巻は大丈夫だと思った。

 また会いにいきたい。Kotezさんありがとうございます。

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 来週は福島へ行きます。




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